保険、一歩ずつ

ある保険代理店との一夜

 5月のある夜、親しくつきあっている代理店の店主Yさんにロシア料理をご馳走になった。神保町の古本屋街に続くすずらん通りに「ろしあ亭」という老舗のロシアレストランがあるが、これがCOREDO室町に店を出しており、そこに招かれたのである。
 ワインを飲みながらの、ボルシチ、ロールキャベツ、ピロシキなど、久しぶりのロシア料理はすばらしいもので、ソビエト連邦から現在のロシア連邦に至る近現代のロシアではなく、東洋と西洋の間にある大地ロシアの歴史を感じさせるものであった。農民が歌う叙情的な歌がロシア民謡の原点とされるが、ロシア料理は、ロシア民謡のような温かい庶民性に満ちているのではないだろうか。

 その日、店主のYさんと一緒に食事をしたのは、事務を担当しているKさん、そして、Yさんがこれから先を託そうとしているHさんである。現在、この代理店はYさんとKさんの二人の女性によって運営されており、Yさんの営業力とKさんの事務力が頼りだ。組織形態は、個人代理店ではなく株式会社である。昭和40年に個人代理店として開業し、平成8年に法人化している。収入保険料の規模は同様の代理店と比べれば相当の大きさになる。
 Yさんのお歳は伏せておくが、まだ損保代理店に女性が店主として登場することが極めて稀な時代に営業を開始し、明るさときめ細かな気配り、物怖じしない積極さ、丁寧な企画、惜しみなく注ぎ続ける営業努力によって、非常に優良な職域マーケットを開拓し、損保代理店として大きな成功を収めてきた。

 今、Yさんは後継者をどうするべきか考えている。理由の一つがKさんの処遇だ。まじめ一筋に代理店の事務を担ってきたKさんがこれからも今と同じように仕事を続けることができることをYさんは心から願っている。
 そしてもう一人、昔、保険会社の営業担当者として一緒に苦労したHさんのことが気にかかっている。賢明で純真な心を持っているのだが、いわゆるサラリーマンとしての世渡りがあまり上手ではないHさんがしばらく後に定年を迎える。そこで自身の後継をHさんに託そうと考えているのである。

 今、保険代理店は様々な悩み、問題や課題を抱えている。個人か法人か、専属か乗合か、専業代理店としてどのような事業モデルを描くか、総合型か特化型か、規模の拡大か少数精鋭か、来店型のショップを出すかどうか、代理店同士の合併を行うかどうか、そして、事業継承という枠組みで、後継者をどうするか、保険会社のグループ会社である代理店の委託型使用人の道を選ぶかなどの課題が生じている。
 こうした課題に対する「一律の正解」はどこにもない。わが国の損害保険事業を支えてきた保険代理店は多くが個人経営で、例え株式会社であっても、グローバル企業のように「会社は株主のもの」などと気取る必要は全くない。基本的に代理店はわが子のように自分のものだ。可愛いわが子のように、これからも幸せに育って欲しい存在だ。
 代理店は、自らが持つマーケットの質や量に合わせて、背伸びすることなく、しかし、せめて一歩、場合によっては大胆に、前に進んで行くことを念頭に置きながら、これからのことを考えるべきなのだろう。このあたりのことは、以前に「保険代理業明日を考える」という題名でインスウオッチのプロフェッショナルレポートにおいて詳細を記した。

 正直に白状すると、もう何年も前に、Yさんに委託型使用人になるよう勧めて逆鱗に触れたことがあった。「そんなことになるくらいなら廃業する。」というのがYさんの即座の答えであった。Yさんの想いに対し、保険会社として他のケース以上の破格の条件を提示したのだが、それでも経済合理性が強すぎる印象を与えてしまったことがこうした反応の背景にあっただろう。しかし、ロシア料理を楽しみながら過ごしたこの一夜、そのように理解することは言葉の上滑りのようなものだと改めて思った。
 Yさんは保険代理店の仕事をすることによって、顧客に愛され、助けられ、保険会社に育てられて幸せな人生を送ることができたという。そして、この代理店という器を事務の担い手であるKさんや、昔一緒に苦労したHさんのために役立てたいのだ。「私がいなくなったら、(保険会社のグループ代理店会社が)Kさんの面倒を本当にみてくれるとは思えないのよ。」という述懐には、保険代理店としての今後の発展よりもKさんの安定した生活の実現がより大切なものであるというYさんの優しく温かい価値観がにじみ出ている。
 YさんはHさんの能力を高く評価しており、彼の下でさらに飛躍することを期待しているのは確かだ。しかし、Hさんに向かって「無理をしないでできるだけ長くやっていればいいのよ。あんたたち二人くらいはまだまだ(この代理店は)食わしてくれるからね。」とYさんは言う。
 今、保険会社と保険代理店の関係は昔とは全く異なる。だから、合理的で効率的な方向に向かって相応の努力をしない限り、細々と続けていくことさえ困難な状況になり始めている。しかし、それでも、Yさんが育てた保険代理店の本質的な価値がどこにあるかということについて、この夜、機嫌よく饒舌に語り続けた彼女の言葉には考えさせられることが数多くあった。そして、人との温かいつながりを築くことの大切さという当たり前のことについて、重たいものをたくさん学ぶことができたように思えたのであった。

 この何回か、標準化・共通化をテーマに連載してきたが、今回は、どうしてもYさんのことを記しておきたくなった次第。次回からは、また標準化・共通化のテーマに戻りたいと思っている。

(文責個人)

日本損害保険協会 常務理事 栗山泰史