保険、一歩ずつ

再び、「共通化・標準化」について

 この連載の第12回から第16回の5回にわたって保険事業における「共通化・標準化」に関して記した。また、今回から再び、このテーマに戻りたい。
 これまでの5回においては、主として、保険商品における「共通化・標準化」の意義について述べた。グローバルに活動する企業のリスクのように究極の「細分化」が要求される世界がある一方で、基本的に個人のリスクに関しては、商品の「共通化・標準化」が必要である。そして、保険種類、保険種目、リスク区分という3つのカテゴリーは、その基本を形作っている。

 保険契約者にとって、また保険会社にとって、「情報の非対称性」(保険契約者と保険会社のそれぞれが持っている情報の質と量には大きな差がある、つまり持っている情報の「形」に差があることを指して「情報の非対称性」という)の問題を解消するために、「共通化・標準化」が必要である。
 約款が保険会社ごとに異なる形で複雑化しては、保険契約者が保険を理解する上で大きな妨げになってしまう。そして、複雑化は、保険契約者に不利益をもたらすだけではなく、保険会社や代理店にとっても、どんなに熱心に重要事項を説明し、意向確認を行ってもトラブルが絶えない状態になることで、コストの増加という不利益をもたらすことにつながってしまう。

 いたずらに約款を複雑化したことが保険金支払い漏れ問題につながったことを決して忘れることはできない。自動車保険に様々な特約を付して複雑化するよりも、国民の誰もが「自動車保険は、対人、対物、人身傷害、車両のリスクをカバーする保険」と理解するように商品を「共通化・標準化」することは問題の解決に大きく寄与するのである。そして、あえて言えば、人身傷害における各社の約款の相違は少しでも早く解消すべき業界としての課題なのではないだろうか。

 実は、約款の「共通化・標準化」は保険に限ったことではない。消費者保護政策の重要な要の一つが約款の「共通化・標準化」なのである。例えば、飛行機に乗るとき、旅館に泊まるとき、クリーニング店に衣料品を出すとき、その他、数多くの場面で、国民には目に見えず、気付くこともないが、標準約款が用いられているのである。
 諸外国の状況は、これからの連載の中で紹介する予定であるが、ヨーロッパにおいては、EU統合の各国の調整の中で、損保業界は一定の範囲で独禁法(競争法)の適用除外を受け、保険約款の「共通化・標準化」が認められていた。そして、その後、保険約款に関する適用除外は、保険政策ではなく消費者保護に関する全体政策の中に含められる形で保険についての独禁法適用除外から外されることになった。繰り返しになるが、標準約款の作成は消費者保護のためのものであり、そして、消費者との無用のトラブルを減らすという点で消費者に関与する多くの事業者のためにもなるものである。このようにして、社会全体の不要なコストが削減されるのである。

 現在の保険種類、保険種目、リスク区分を旧態依然のまま墨守することは、商品開発競争上、必ずしも得策ではないことはあまりにも当然である。よく言われるように、顧客の「素人」としての感覚を大切にして、「プロ」の世界を壊し続けることはイノベーションを起こすという点で非常に重要である。
 しかしその一方で、保険商品作りの「プロ」が、マーケッティングの観点から安易に妥協し、また、「素人」が思いつきのような形で新商品開発を行うなら、それは損保業界において「悪貨が良貨を駆逐する」というような状態が生じることを意味している。

 保険金支払い漏れ事件が生じる前、自動車保険に医療特約やホールインワン特約が付帯できるというようなケースがあったが、その後の商品の簡素化の流れの中で今では姿を消している。こうした特約付帯の問題は、商品の複雑化という言葉で捉えられているが、論理的には、自動車保険という保険種類の枠組みを超えたことに伴う無理が生じたものであった。
 こうした特約による複雑化は、保険会社や代理店にとって、マーケッティングの観点からは、最大の顧客ウエイトを占める自動車保険契約者の更改時に、様々な保険を重ね売りするための手法として大きな意義のある商品開発であったと言えるのである。
 しかし、保険契約者にとっては、保険種類の枠組みを知らず知らずに超えて保険を付けることにつながり、結果的に保険金の支払い漏れにつながったのではないだろうか。保険契約者は、まず自動車保険に入り、別の説明を受けて医療保険に入り、そしてさらに別の説明によってゴルファー保険に入るという丁寧な手順を経て、ようやく保険という複雑な商品を理解することができるのである。これこそが、保険種類や保険種目が存在する意義である。

 保険商品の基礎である保険種類、保険種目、リスク区分という商品の「共通化・標準化」が作られた長い歴史の重みに、我々は敬意を払うべきなのであろう。そして、そのことが、保険商品に関する「プロ」としての論理と倫理を形作っていくのだと思える。保険というサービスは、他の様々なサービスに比べて、明らかに深く、難しいものである。保険を提供する「プロ」は、「素人」である一般の国民に対し、商品を分かりやすく作り、丁寧に説明する大きな責任を負っているのである。

(文責個人)

日本損害保険協会 常務理事 栗山泰史