保険、一歩ずつ

保険販売における「価値協創型」という新たなビジネスモデル

 「価値協創型ビジネスモデル」という言葉がある。これからの保険販売のあり方を示す新しいビジネスモデルとして、慶應義塾大学先導研究センター特任教授の保井俊之氏が提唱している。インシュアランス2011年9月1日号に掲載された同教授のインタビュー「価値協創型ビジネスモデルへの転換」から一部を抜粋してみよう。
 「バリューインクリエーション(価値協創型)の商品は、顧客がサービス内容を提案して企業が顧客と対話しながら価値を作っていきます。ですから、最初に提供される商品は、それほど価値は高くありませんが、その後、顧客がその商品に自分の好きな情報・サービスを提案・付加するなどして、その商品の価値を高めていくわけです。
 (中略)アイチューンやアイフォーンは、購入した時点では、普通の端末ですが、アプリケーションをダウンロードするなど、自分の好きな情報を付加するうちに、その価値は自分から見て100万円以上にも高まっていくわけです。
 (中略)保険商品というのは、契約から保険金支払いまで数十年もあり、保険会社と顧客は長いお付き合いをしていくものです。その間に、家族構成や年齢条件も変わるし、好みも変わっていきます。補償してもらいたい内容も変わるでしょう。そうした顧客の声を聞きながら、どんどん互いに付加価値を高めていくアプローチをすれば、顧客は自分が買いたい商品を得て、一層満足度が高まるはずです。保険会社も過当競争をすることなく、価値を高めて利益性の高い市場でビジネスを展開することができるようになります。」

 顧客にとって、保険はどのように捉えられているのだろうか。もしかすると、個々の保険種類や保険種目ごとに細分化されたものではなく、家計簿における支出項目のように単に「保険全体」なのではないだろうか。
 若い頃には保険など別に必要とはしない。初めて社会人となって少しお金に余裕ができた頃に勧められて生命保険に加入する。そのうちクルマを買えば、自動車保険が必要になる。その際には、ぜひ個人賠償の特約を付けておくべきだ。家族ができれば、生命保険の補償を充実させることになる。ゴルフを始めればゴルファー保険にも入った方がよい。書き続けるときりがないが、個人にとっての保険というものがどのようなものかを考えると、このように人生の展開とともに「保険全体」が融通無碍に変化していくものなのである。
 一方、保険会社や代理店にとって、保険はどのようなものなのだろうか。もしかすると、個々の保険種類や保険種目ごとに細分化されたものが保険なのではないだろうか。
 保険会社や代理店は、「価値協創型ビジネスモデル」という観点から、顧客の付ける「保険全体」が融通無碍に変化することを目指してきたであろうか。そうではなく、顧客に多くの保険料を支出させるために、できる限り多くの種類の保険を大きな補償で売ることを目指してきたのではないだろうか。
 または、モータリゼーションの中で自動車保険が売れるとなれば自動車保険を、積立型がブームになれば積立保険を、医療保険がもてはやされれば医療保険をというようにキャンペーン的に保険を売ってきたのではないだろうか。ここには、顧客の付ける「保険全体」の姿はなく、細分化された保険がバラバラに顧客に届けられるという形が見られるのである。

 ところで、自由化以降の自動車保険を巡る商品開発競争の中で数々の特約が生まれたが、その中には、医療特約やホールインワン特約のような自動車保険という保険種類の枠組みを逸脱するようなものもあった。これ自体は、実は決して単純に否定されるべきものではない。既存契約者の最も多くが付保している保険が自動車保険である中で、顧客との大きな接点は自動車保険の更改時である。更改手続きの際に特約として医療保険やゴルファー保険を勧めることができるため、これは特にマーケティングの点から効果的で効率的という発想があった。これ自体は間違いどころか、むしろ正しい行動であったと思う。
 しかし、現実には、こうした特約によって自動車保険はどんどん複雑化し、顧客にとって、自分が付けた保険がどのようなものだったのか分からないという状態を招いてしまった。こうした保険種類や保険種目の枠組みを逸脱する行為は保険金支払い漏れ事件の一つの要因となったのである。

 消費者行政において「生産者の論理から消費者の論理への転換」の重要性が語られる。製品というものに関する捉え方において生産者と消費者では論理が異なることに着目した表現である。たとえば、製品の欠陥を考える場合の誤用の問題である。生産者にとって、設計どおりに正しく製造された製品は通常欠陥には該当しない。しかし、その製品が実際に使用される段階で誤用による消費者被害が相次いだ場合、昔は誤用した消費者が悪いということですんでいたが、今では、その製品は消費者の側に立って設計欠陥があると認定されることがある。
 先にあげた自動車保険の複雑化は、生産者である保険会社にとっての正当性はあったとしても、消費者である保険契約者にとっては「欠陥」のある商品であったというしかない。保険契約者は、自分が付けている様々な保険を「保険全体」として捉えており、たとえば自動車保険は、「保険全体」の一つの部品にしかすぎない。一方、保険会社には「保険全体」という感覚はあまりなく、自由化以降、部品としての各種の保険をどんどん複雑化していくことで顧客へのサービスの向上を図ろうとした。ここには、「生産者の論理と消費者の論理」のずれが生じていたのではないだろうか。

 保井教授の指摘する「価値協創型ビジネスモデル」という考え方は、今後の保険販売において極めて重要な方向を示している。この間、各保険会社がこぞってタブレット型端末を活用した保険販売モデルを打ち出しているが、ここにこそ「価値協創型ビジネスモデル」の具体的展開が見られる。東京海上日動社が超保険を販売してから10年経つが、これは「価値協創型ビジネスモデル」の先駆けとして位置づけられるものであろう。
 「価値協創型ビジネスモデル」の展開において、何よりも認識しなければならないことは、顧客にとっての保険は融通無碍に変化する「保険全体」であるという点である。単体としての各種の保険はその中の一つの「部品」にすぎない。顧客の理解を促進するために「部品」はできるだけシンプルである方がよい。そして、顧客との「価値協創」、すなわち、顧客との長い期間にわたる対話の中で「保険全体」の形を融通無碍に変化させることによって価値が高まり、それによる「保険全体」の複雑化は顧客にとってまさに自らにのみ必要な「大切な複雑さ」になるのである。

 そして、「保険全体」における「部品」としての保険種類や保険種目のシンプルさは、業界としての商品の「共通化・標準化」によってこそ実現できるものである。これからの保険販売における「価値協創型ビジネスモデル」の重要性を考える上でも、保険商品の「共通化・標準化」の意義は限りなく大きいといえよう。

(文責個人)

日本損害保険協会 常務理事 栗山泰史