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日本人とは何か

第5回 東京とニューヨーク散歩

公益財団法人東京財団
上席研究員
小松正之
2016年2月25日

ニューヨークと東京から考える

日本人とは何かを考える場合、外国との比較が手がかりになる。私は1977年(昭和52年)4月から米国とイタリアに滞在した期間の5年間を除いては東京で暮らしている。私にとっては東京への理解が日本の他都市・地域よりもを深いと思い込んでいる。もっとも江戸・東京は太田道灌と徳川家康の開城から400年以上の歴史と伝統のある大都市で理解できるとは簡単には言えない。それでも34年間も過ごし、江戸前の文化と伝統と東京湾についても、研究調査し数冊出版したこともあり、承知の内容も多々あると思い込んでいる。

ニューヨーク市のマンハッタンは、わたしが体験した最初の異国の地である。1982年7月にエール大学留学のために足を踏み入れた。世界中からの移民の心境と等しく心配と不安と期待でいっぱいであった。危険で、自分の知識で対応する範囲を超える。海外に渡航した江戸時代や明治の人たちは、どんなに恐怖で不安であったろうか。

二つの都市は1500年代後半から1600年代の前半に、移住者と移民によって開発される。そして、都市の顔と特徴を変えながら発展した。歴史の始まりは似たところがあり、巨大都市として成長し、多くの若者を引き寄せた共通点があるが、日本人社会の江戸・東京と人種のるつぼのニューヨークでは人類学的に異なる。二つの都市をそれぞれ話題に出しながら、日本人とは何かについても言及できれば幸いだ。


2015年冬ニューヨーク訪問

2015年2月下旬にニューヨークを訪問した。とても寒く雪だった。

数十年ぶりの寒波で雪解けの道で歩きにくい。23日(月曜日)は更に寒く日一日中零下だった。ハーレムのバプテスト教会にゴスペル(聖歌)を聴いた。歌詞は本当に単純であった。労働者黒人に分り易くしたのであろう。雪のセントラルパークを歩き、ペンシルバニア駅付近の「ナイル」と云うレストランでエール大学学院の同級生(女性)と3時間近く話した。仕事の話だ。日本女性に比べ米国の女性は仕事上本当にたくましい。日本女性は、家庭など要所で男性より実権を握る。

大変な寒空と風の中を、自由の女神像の島にフェリーで行った。寒さで上陸はしなかった。現在はこの自由の女神を見ながら米大陸に上陸する移民はいない。世界貿易センタービルの跡地911の現場とニューヨークで最古のトリニテイ教会付近のコロンビア大学発祥の地にも行った。コロンビア大学は新教が米国大学の信仰的な柱である中で英国教が支柱であるユニークさを有する。

夜の観光ライドに出かけ、日本人のツアー客と一緒に夜のマハッタンを観光した。要所に人がいて歌踊りや会話をする。日本人の大学生が主体だったが、本当に団体行動で、英語で話すこともしない。無口で大人しい。最後にエンパイア・ステートビルに昇りとても綺麗なニューヨークの夜景を堪能した。

東72丁目に若いころ彼がカリフォルニアから出てきて住んだと言われるスタインベックの住居を訪ねた。マンションで門番に聞いた。無駄だった。考えてみれば、米国ではノーベル賞受賞者は数えきれないほどいる。実際、ニューヨークからの帰りにJFK国際空港で、私のエール大学時代の恩師ボブ・シラー教授とあう。日本に向かうJAL便に乗るところで、私以外だれも彼のことを知らない。黙々と一人で列に並んでいた。

24日は比較的午前中は暖かい日だった。ニューヨーク公共図書館に行き、有名な小説を購入した。Saul Bellow氏の 「Seize the Day」 だ。彼はノーベル文学賞を受賞した。図書館は大らかで誰でも入れて、私は米国の歴史のセクションに入った。蔵書の数が膨大だ。米国はとにかく記録をつける。そして、これらのすべて公表する。日本とは大きな違いである。民主主義の程度と一人一人の民度や知的水準にも影響が出るかもしれない。



ニューヨークの夜景 2015年2月


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