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日本人とは何か

第8回 アマルフィーで日本人を考える

公益財団法人東京財団
上席研究員
小松正之
2016年4月20日

25年振りのアマルフィー

ナポリからアマルフィーに向かった時、外は雨で車窓ガラスが曇って運転がしにくく、その上ナポリの街のチェーンと植木などの置物による通行の禁止で2度も進めず戻り、何とかナポリを脱出できた。

ナポリ人曰く「ナポリの道を運転できれば世界中の運転は簡単である。」という。高速道路をサレルノの手前の田舎町 から22キロの海岸の曲がりくねった道を1時間以上もかけてアマルフィーに到着した。ミッシェランのガイドでは3星の海岸がきれいだ。アマルフィー海岸の崖や中世のカラフルな白壁や色とりどりの壁の豪華でシックな家並みを見ながらのサレルノからアマルフィーへの船旅の方が格段に優れる。

雨の生憎の天候だったが、海と街並みが調和した、地中海社会が世界の中心だった頃、ベネチア、ピサ、ジェノバと並んで、ビザンチン帝国やオスマントルコ帝国との交易で栄えた町で、現在は観光の街だ。レモンチェーロなど用の特別のレモンの産地である。

25年前、イタリア大使館勤務中に家族で来て、滑って転んだ海岸が既に埋め立てられて、テトラポットを置いていた。沖に伸びる桟橋をつくり、100メートル程度行け、街の全景が見られるが、桟橋で景観は良くない。


団体行動の日本人

ホテルは、アマルフィーの全景が臨め歩いて15分の所にあった。

食事は最初、中心街でピッザを食べようとしたが、ホテルのレストランが良いとガイドに書いてあり、中心街での買い物の後戻ってきた。

50人の日本人の大群に遭遇し、食事も一緒になり彼らは、醤油がほしいとか、キッコウマンとはと大きな声で話した。折角イタリアに来て、イタリア人はパスタのソースも気を使ったのであろうが。団体旅行の日本人特有の行動だった。

私達はどうなるのかと嫌な予感がしたが、給仕の男性(Francesco)と女性(Maria)が心から気を使った快適なサービスを提供してくれた。パスタもアマルフィーの地方特有のニョッキと「ほうとう」のような生麺にイカの合わせが大変に良く、前菜の生ハムとメロンと、モッザレーサとトマト3種の組み合わせもよく、大変に満足だった。


イタリア男性の気遣い

私達の隣は、イタリア語を話す妙な組み合わせのカップルで、記念日か何かのお祝いだった。男性のイタリア人がアメリカ人らしき女性に大変気を使い、その様子はとても日本ではお見かけしないものだ。テーブルには特別注文の花が飾られ、男性は写真をとり、一度毎にワインにもメニューの女性への提供にも気を使う。50才台だろうか。日本の男性で、これほど相手の女性に気を使ったのを見たことがない。深く細やかな気遣いは見ていて、気持ちよく清々しいものだった。Francescoは5星レストランで普段は働き、一週間だけこのレストランでお手伝いとのことだ。

前の日の雨も上がって快晴になり、朝にホテルから見るアマルフィーの街の眺めは最高だった。私達の部屋の真ん前はティレニア海で、光るように美しい光景で、小舟が漁をし、朝食に行き、3階テラスから見るアマルフィー海岸光景が大変綺麗だった。昨晩に給仕をしてくれたFrancescoとMariaが、景色の良い、太陽光が直接当たらないテーブルを私達に選んでくれ、外のテラスに出て、アマルフィー海岸を背景に私達の写真を撮ってくれた。本当に気遣いが伝わった。


ゆっくりの家族旅行

私達の隣の部屋はデンマークからきた老夫婦で、先週金曜に来て11日の金曜日に帰るそうで、ゆっくり本を読んで過ごすとのこと。各地を短時間で観光めぐりをしてせっかちで家族や友人の単位のせいぜい2〜4人程度で旅行するイタリア人や欧米人は、全く知らない人とその期間だけ一緒になり、行動する団体旅行の日本人とは大違いである。

私達は2人で旅をした。決まっているのは行き先の街と宿泊先だけで、あとは全部その時の成り行きだった。何があるのか、どんな出会いがあるのか全く分からなかったのである。



ホテルから見たアマルフィー海岸;2016年3月 著者撮影


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