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日本人とは何か

第14回 変われない海軍の歴史と現在の公共事業

公益財団法人東京財団
上席研究員
小松正之
2016年9月1日

山崎禎昭氏の深い教養と海軍論

1840年に清国が英国に仕掛けられた戦争に敗戦し、植民地化するアヘン戦争の衝撃から入る歴史随想、山崎禎昭著「日出づる国の海防とハイテク」(中央公論事業出版社)は、幕末と明治維新以降で太平洋戦争敗戦までの日本の政策・意思決定がどのように行われてきたかを海軍の軍備増強の面と技術者の面から、大所高所から分析した造船論と海軍論である。著者は石川島播磨重工の副社長まで登りつめた人ですが、決して明るい道だけを歩いたのではなく、不遇な時期には時間を読書に使って3000冊も読まれ、幅広い教養を身に付けられた。そのような見識があればこそ、技術者としての専門性加えて、このような著書をものにできたと考える。

ところで、明治政府は、富国強兵と殖産興業を国策にする。中学校と高等学校と帝国大学に加えて、海軍兵学校と海軍大学も設立し人材育成も充実させた。しかし小手先の技術習得の人材育成だったのではないだろうか。


英国に頼った軍艦の建造

本書によれば、1876年に竣工した最初の木造軍艦「清輝」はフランス人ヴェルニーの基本設計だった。1878年の竣工の扶桑、金剛と比叡の3軍艦(3景艦)と黄海海戦で活躍した吉野と日露戦争で活躍する第1主力艦の「敷島」も英国での建造だ。日清・日露戦争で使った海軍の軍艦はすべてが英国の造船所で英国の技術力を駆使して建造された。無線電信の技術も全て英国に頼った。日清・日露戦争の勝利は日本人の真に優秀性で勝ったものではく、しかし日本人と政府は日本の力と錯覚した。

ところで自力で戦艦を建造できた1920年ごろから、傲慢さが生じていく。ワシントンとロンドンの軍縮会議で、戦艦と補助艦の削減が合意される。農業国で財政基盤が弱い大日本帝国が、米英と同レベルでの軍艦建造競争に太刀打ちできないが、海軍人はそうは思わなかった。

重要なレーダー開発でも、艦船の発見を目視に頼り、米海軍のパノラマ・レーダーに大幅に後れを取り、ソロモン沖、マリアナ沖とレイテ沖海戦で、日本軍の繰り出す航空機がことごとく米海軍のレーダー網にかかり撃墜された。砲艦主義から米国が既に、1941年のマレー沖海戦を見て方向転換したのに日本はそのまま引きずった。このように山崎氏の分析は素晴らしい。


リーダー育成をする米海軍兵学校

私は、2年前、アナポリスの海軍兵学校を30年ぶりに訪ね、校内の旗が米国のリーダーたる自覚を促すものだったことに吃驚した。30年前の海軍兵学校の卒業生が、説明をしてくれた。彼はレイテ沖海戦で米海軍は、日本海海戦時に東郷平八郎元帥が行ったT字戦法を採用して、日本の連合艦隊を全滅させたと言う。米国は日本から学んだが日本海軍は学ばなかったと強調した。米のニミッツ将軍は東郷元帥を尊敬していた。

日本の政府も軍人も大局を見れなかった。マリアナ海戦の敗北後降伏していれば、原爆を落とされることもなくロシアに千島を割譲することはなかった。1945年2月のクリミア半島ヤルタ会談では米国務長官スタチウスは、千島割譲に反対だった。

日本人は基本的で本質的な分析と検討をせず、その場しのぎの現状の延長にこだわる。また、米国の将軍は「日本の将軍たちは優秀だったのだろうが、平凡さ(大局観と哲学:著者注)に欠けていたと指摘した。


戦前は軍隊、今は公共事業

昔は軍隊で今は公共事業だろうか。陸前高田市で見る、復興工事は計画性も見られず、盛り土と山腹を切り崩し生態系や環境を破壊する(写真)。先進国は工事をする前に環境評価を実施するが、岩手県などは東日本大震災の復旧工事では全く環境評価を実施していないと岩手県の大学教授からお聞きしたことがある。本当に不適切な状況である。戦時中の軍隊のように多くの国民を犠牲にし、自分達では引き返すこともできない。陸前高田市の工事を見れば、日本の将来を悲観する。



復興工事で山を崩し、湖沼を埋め干潟をつぶした陸前高田の市街地;2016年5月著者撮影


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