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日本人とは何か

第21回 漁業に見る改革できない日本人

公益財団法人東京財団
上席研究員
小松正之
2017年1月19日

凋落する日本漁業

世界の漁獲量は急速に伸びており、1950年にはわずか2000万トンであったものが、今では約2億トン(2014年)である。

しかし、天然の魚種(さかな・貝類など)を漁獲する世界の漁業生産量は頭打ちの9465万トン(2014年)で漁業・養殖業の総生産の約半分である。

日本の漁業・養殖業の総生産量はピーク時には1282万トン(1984年)あったが、天然の漁業生産量も養殖業の生産量も東日本大震災後も減少は止まらず、現在は466万9000トン(2015年)である。


世界は新漁業の法制度を導入

ところで天然漁業の生産量の増大にも力を入れる国がある。これら先進的な主要漁業生産国では、乱獲や資源悪化の問題を克服し、新しい漁業の制度の下で、資源を科学的持続的に管理する政策を導入してきた。この政策の柱となる手法は、科学的根拠に基づいた具体的な数値目標の設定と管理である。先進各国は、資源を維持・回復する水準の生物学的漁獲可能量を定め、これをもとに総漁獲量を設定、それ以下に漁獲量をコントロールするという手法である。そして、漁業者の一人ひとりが漁獲する量を決めてその範囲で漁業をする個別漁獲枠(IQ方式)を導入・実施したのである。こうして、漁業者の間で乱獲を競い合うことがなくなった。しかし、長年、魚を捕る競争をしてきた漁業者に漁獲量を制限させることは口で言うほど簡単ではないのである。けれども、この方式しかない。

したがって漁業の再生を図るため、アメリカ合衆国やニュージーランドなどでは、科学的知識の発展と漁業操業の変化と共に、漁業の法律の目的と内容を改正して、このような個別の漁獲割当制度を導入して、資源の回復と漁業の復活を達成してきた。


明治時代から変われない日本の漁業と制度

ところで、日本の漁業制度はどうなっているだろうか。日本が漁業法を事実上制定したのは、1910(明治43)年である。当時の漁業法は、江戸時代の伝統・因襲を引き継いでいた。それが初めての改正されたのは、1933(昭和8)年である。

戦後はGHQ(連合国総司令部)の主導で、民主化を主体とする漁業法の大改正が行なわれた(1949(昭和24)年)。しかし、基本的な漁業の許可や管理の方法については、明治の制定当時のものを維持したままである。高度経済成長の下では、漁業を取り巻く経済状況と技術レベルに変化が起こったことを踏まえ、1963(昭和38)年に漁業法改正が再度行なわれた。しかしこれも、漁業協同組合組織の強化に終わり、漁業資源の悪化、漁業者の経営の悪化は放置されたままであった。

1996(平成8)年には、日本が国連海洋法条約を批准したことに伴い、国内法の整備が必要であったが、船の大きさや網を制限し、漁獲量は制限しないままの内容の現漁業法の改正は行なわなかった。このため、このような政府の対応の差は、諸外国と日本の漁業資源悪化と経営内容の差として現れている。


漁業者への補助金でさらに悪化

世界の動きに反して、戦後、世界一の水産王国日本がなぜこうも凋落してしまったのであろうか。天然漁業の生産もダメ、養殖もダメである。日本の沿岸から魚や貝類と海藻が消えたようである。沿岸漁業は最盛期の3分の1から西日本では5分の1に減ってしまった。そこには環境の変化に自らが立ち上がり、その変化に対して新たな制度に改革していけない日本人の特性があるのではと私は思う。

年寄りの漁業者が補助金に頼り、漁業協同組合はその補助金を政府と政治家に無心し、政治家は、次に選挙での投票を期待して、国民の懐の自分の懐ではない補助金配りをする。補助金は高齢者の漁業者が、経営の改革もせずとも生きていける当面の生活を保障する。資源悪化と漁業の衰退は補助金が助長していることになる。漁業者、行政、漁業協同組合と政治家の甘えの構造である。損をするのは税金を使われる国民だが、それに気づくことはない。

漁業に限らない最近の日本人の典型的なパターンである。



戦後直後に近づいた日本の漁業・養殖業生産量


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