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日本人とは何か

第38回 海外から学ぶ日本人(その1)

公益財団法人東京財団
上席研究員
小松正之
2018年1月11日

細切れ思想の日本の学者

ライシャワー博士の「日本」は、いかなる日本史や日本人論に比べても格段に考察力と洞察力が深い、大局観と資料の裏付けに基づく。

日本人の歴史書は、時代を区切りさらに専門分野の狭い範囲に入り込む。そして、専門と特殊性とに安住する。「大局的な見識と分析を提供・評価しない。」とライシャワー博士も感想を持つ。ライシャワー博士の慧眼に感謝したい。


日本の特徴とは

世界にもまれな特殊言語の日本語を話す。韓国語、中国語や英語とも異なる。発音、単語と慣用句表現と動詞活用と敬語用法並びに語順も全く違う。例えば、「私はカメラを持っていません。」はI do not have a cameraとなり、日本語順では「私は、ありません、持ちます、カメラを」である。

次いで、地政学上の位置である。中国大陸からかけ離れ、そして群島・列島を温帯域で形成する。日本列島のような温帯域諸島はイギリスである。イギリスは欧州大陸に近く大陸からゲルマン人、ノルマン人とデーン人の侵入を受けて混血が進んだが、その点、日本は孤立していたことで、元寇など外国の侵略を避け、単一民族国家を形成できた。

第3点として、島国であっても国土の70%が山脈と山地で、大きな平野は関東平野しかなかった。そのため農業が発達しなかった。また資源がなく、あるものは豊富な水と海に囲まれているので魚貝類に頼った。和食が水産物からたんぱく質を取り、動物性のたんぱく質が不足したので、これが日本食と日本人の体質を形成した。


国内しがらみを断つ;学ぶ日本

1万年前は大陸と日本は陸続きであったことから陸続きを歩いてきた大陸系の民族から構成される。その後も大陸との交流は続く。征服した氏族のしがらみを排除するために中国の文物を輸入して改革を断行した。

遣隋使と遣唐使は、中国から律令、政治制度や仏教を学び、唐の混乱で幕を閉じたが、これは日本初の海外留学生制度であり、法律・政治体制だけでなく、文化、宗教と芸術と科学の面で日本に大きな影響を及ぼした。よく学びそして日本流の改良を図ることで、現在の日本の制度や文化の基礎を築いた。例えば、初期封建制度で実権はその部下が集団で握る政治制度が鎌倉幕府で展開される。これが現在の日本の組織と日本人の行動にも生きている。

16世紀に到来したキリスト教は一向宗など仏教勢力への対抗措置として歓迎されたが、その排他性とスペインによるフィリピンの占領から、豊臣秀吉と徳川幕府に禁止された。その後、イギリスは自発的に撤退しオランダだけが残った。西欧諸国に十分な国力と軍事力がなく、日本国を侵略する事態はおこらなかった。

この後、島国の特色を生かして、天下泰平を謳歌したが、軍事と科学面では西洋に後れを取った。戦後の平和憲法が導入され、これまで改憲されなかったのは鎖国と平和に慣れた特徴であろうか。


脅威で再び学ぶ日本人

19世紀は違った。西洋諸国は産業革命を起こし経済力、科学技術力や軍事力も大幅に向上した。260年間にわたり鎖国を謳歌した日本は、技術力と軍事力では大幅に遅れを取った。西洋諸国がインドやインドシナと清を植民地化し、大幅に弱体化させた。

日本でもイギリス海軍が薩摩を砲撃し、4か国連合艦隊が下関を砲撃、日本と西洋諸国の軍事力に彼我の差があることを見せつけた。江戸幕府による開国直後、西洋人の貿易による国内産業の破壊に憤り、急進派は尊王攘夷を掲げたが、西洋諸国の実力を見て、近代化と富国強兵に大きくかじを取る。ここに遣唐使の時代に真摯に学ぶ日本人の特質が再び芽を出す。

リーダー人材は徳川時代の後期封建体制で、権力を握った輩ではなく、権力の腐敗、無力と差別に憤りを感じた若者たちであった。学んで吸収する下地が江戸時代の藩校や寺子屋の教育によって出来上がっていた。彼らは西洋に渡航して、多くの分野で大局的に学ぶ。これらは日本人の特徴であった。今はこれらの特質はいずこに行ったのか。(続く)



エドウィン・ライシャワー著 「日本」講談社学術文庫


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