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日本人とは何か

第63回 GDPの幻想

東京財団政策研究所
上席研究員
小松正之
2019年7月18日

GDP(国民総生産)成長は善か

選挙が近づくと経済成長率や年金が語られる。

年金でも2000万円の生活費の不足が語られた。最近のGDP表示による経済成長率も4半期が0.6%で、年率2.1%(2019年5月内閣府)である。しかし国内需要の成長率は名目で0%である。輸入が減少しGDPが上昇したと説明されるが、数字上のトリックに見える。GDPは異なった活動を円表示した集合数字であり、マスコミもGDPの本当の意味を伝えない。内閣府のGDP項目には民間需要、民間住宅、民間企業設備と公的需要などが並ぶ。個別の生活、賃金と産業・経済を語らない。誰の収入が伸び、停滞し、減少したのか。

政府はGDP成長がプラスであることに固執する。

地球の資源と環境は有限である。いずれは、石油や天然ガスも尽きて、食料の生産もパンク状態になる。 米元大統領ビル・クリントンは「緑のGDP」の概念を導入しようとしたが、石炭ロビーなどの圧力を受けた米国議会から反対され、導入を断念した。


1930年代にクズネッツがGDP創設

本年2月にロンドンのヒースロー空港書店で「成長の幻想;The Growth Delusion」という書物に出会った。

GDPは1760年代の18世紀から1840年代の19世紀の英、仏と独で起きた産業革命の頃に創られた概念である。それまで人間の生産活動は農業が主体で土地と天候に左右された。

アダムスミスは「国富論」(1776年)の中で、「国家の富」に貢献するのは手工業的産業であり、貢献しないのは単純労働の使用人であると位置づけた。この議論は現在のGDPに何が含まれるべきかの原点となる。

GDPを創り出したのは、1930年頃の「クズネッツ」である。彼はロシア帝国ピンスクでユダヤ人の商人の家庭に生まれ、ロシア革命後の1921年に米国に逃避した。米統計調査庁に勤務して大恐慌に対応するフーバー大統領下で、経済政策に取り組んだ。

「経済」という言葉も生まれた。彼は基礎データを重要視した。当時米国には国家全体の経済を把握する正確な統計がなかった。そして、ルーズベルト大統領の下で、米経済活動を計測し、1942年に最初の経済統計を米国議会に提供した。彼は米国経済をいくつかのカテゴリーに分類した。しかし、この「国家の富」には政府による支出と軍事的支出は、他の国民経済を圧迫し、国民の福祉や生活に貢献しないとして、これらを入れなかった。


現在のGDPはケインズが定義

ところが1940年に英国の経済学者、「ケインズ」は公共支出と軍事支出もGDPの中に入れ込んだ。当時第2次世界大戦中であり、軍事費が国家の安全に貢献するとの考えを、英米政治家が受け入れた。このGDPの考えが現在も世界的な規範として使われる。政府支出や全ての活動のGDPへ入れ込みは適切ではないとの考えがある。軍事予算と公共工事、犯罪の取り締まり、鳥インフルエンザや狂牛病、ごみ処理経費、売春や麻薬売買その他のサービス業などをGDPに入れるかどうかである。これは経済活動による環境や社会の破壊など負の部分であるとの考えからだ。加えて、経済活動で生じた排気ガスやごみ処理と原発の廃棄物の処理はマイナスのGDPとするべきとの考えがある。


日本にとって新たなGDPとは

一方で、快適な生活を送るための医療の質や教育レベルの向上や快適な空間と森林のもたらす二酸化炭素の吸収力と、人間にとって重要な酸素や水の供給は、GDPに入っていない。人間の幸福や真の豊かさとは無関係の、人間関係と地域社会の住み心地もそうだ。

米国では安全・安心の水供給のために3250億ドル(約35兆円)の既存施設の修復代が必要であるとされる。(The New Nature of Economy)

さて、格段に安全で、安心で清潔な国家と社会を戦後日本社会は創造し形成した。これは、日本人の勤勉性とまじめさの所産であろう。一方で、各地で防災名目の工事が行われる。自然による災害はむしろ目立っている。自然環境と地方の雇用、産業と共同体は衰退し破壊されつつある。我が国の真剣なGDPの再計算・再評価が早急に必要である。



陸前高田の2キロに及ぶ高さ12.5メートルの堤防。これは正のGDPか負のそれか、2019年6月


参考文献
David Pilling著「The growth delusion」(Bloomsbury) 2018
Gretchen C. Daily and Katherine Ellison 著「The Economy of Nature」(Island Press)2002


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