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日本人とは何か

第66回 太平洋戦争の激戦地ガダルカナル島での授業

東京財団政策研究所
上席研究員
小松正之
2019年9月26日

小松流の国際交渉スタイルを教える

台風15号が千葉県、東京都と神奈川県を襲った9月9日から2日遅れの11日、豪ブリスベンを経由してソロモン諸島へ出発となった。

私はFFA(Forum Fisheries Agency;太平洋諸国と豪州とニュージーランドの17か国を加盟国とする漁業機関)の「国際交渉ワークショップ」において授業をする予定であった。2日も出発が遅れたが、是非とも来てほしいとのことであった。

私をFFAが主催する「国際交渉ワークショップ」に招いたのは、私がローマに赴任時に知り合った国連食糧農業機関(FAO)の法律顧問を務めた豪出身のビル・エデソン氏である。彼は、私に日本の交渉スタイルを教えてくれとの依頼であった。私は、日本の交渉ではなく、自分の交渉スタイルと経験については話すことができると述べたところ、ビルはそれで結構との事であった。

受講者はFFA諸国17か国の約35名の若手・中堅層の役人で彼ら彼女らは、漁業・環境や資源交渉を担当する。


国際交渉とは何かを教える

今回は、①私が考える国際交渉とは何か。何が重要か ②国際交渉の議長としての経験;議長の職責、役割と責任とは ③国際交渉の政府代表として、国内をまとめ上げるリーダーシップとは何か。これらを3回にわたってそれぞれ1時間半から2時間授業をした。これらはすべて自分のFAOの水産委員会議長の経験を含め数々の経験に基づく実践的経験を教えてきた。

受講生にはまず①第1に国際交渉の成否は、その準備にかかっていることを強調した。そのことは彼らに徹底した。国内の人材を総動員して1〜2年も前から準備をすること。②また、国内をまとめ上げることが交渉の成功の90%を握る鍵であること。③敵対国であっても、相手国に対する尊敬と敬意が重要であること、いかなる場合にも話し合いが、相手を理解するためにも、自分たちが理解されるためにも重要であることを、何度も強調した。



FFA国際交渉ワークショップで授業する筆者 2019年9月13日


日本の国際捕鯨条約からの脱退は誤り

日本が国際捕鯨取締条約と国際捕鯨委員会(IWC)から脱退した。2018年のブラジルで開催されたIWC総会で日本が何を言っても聞かないからだと政府が説明する。反捕鯨国は聞く耳を持たないのは私が交渉していた時もそうだった。しかし、それでも繰り返し、熱意をもって丁寧に説明するのが、日本の責任国家としての姿である。脱退は不適切である。捕鯨条約;IWCに復帰をするべきである。


ガダルカナル島に建つ日本軍将兵の慰霊塔

1942年8月、ガダルカナル島とソロモン沖海戦では日本軍と米軍が生死をかけて攻防した。同島にはヘンダーソン国際空港がある。当時日本軍が建設を開始したが同空港によって米と豪の補給が断たれるとの強い危機感から、米軍がその奪回に動いた。日本軍も海軍と陸軍の連携がうまくいかず、また、米軍の初期の投入勢力を過少に見誤り、小規模な当初の軍隊の投入で済ませ、第1次ソロモン沖海戦では米軍の補給部隊を攻撃せず、物資の陸揚げを許したことが米軍の反撃の糸口となった。日本軍は最後には食料もなく餓死者を多数出して、1943年2月ガダルカナル島から撤退した。大本営と軍上層部の判断の誤りで、多くの将兵が命を失った。

2013年5月にミャンマ―のヤンゴン市内の慰霊塔に合掌・参拝した。大本営と現地の将官に翻弄されインパール作戦を含め19万人の日本兵が命を失った。

ソロモン諸島の住民は米と豪軍にコースト・ワッチ(日本軍の動向の把握者)として協力した。島民の協力がなければ米司令官も日本軍を敗北に導けなかったと回述している。

公益財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会は、1980年10月25日にガダルカナル島の山腹にソロモン平和慰霊公苑を造り、慰霊碑を建立した。ここには、ソロモン諸島民、米軍と日本軍将兵118,700人が慰霊される。私もFFA職員ソロモン人のピオ・マノア氏の案内で、豪人のビルとニュージーランド人のマッケイ元大使と共に、慰霊に訪れた。道々、ブーゲンビリアの赤い花と、ハイビスカスの赤と白の花が鮮やかではあるが、質素で厳かに咲いていた。



日本が建立した慰霊塔の前に立つ;エデソン氏(左)、マッケイ氏(中央)と筆者(右)2019年9月13日


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