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日本人とは何か

第67回 世界的な水と環境の危機

東京財団政策研究所
上席研究員
小松正之
2019年10月18日

水に恵まれた日本人

水と日本人の関係は切っても切れない。10月12日は台風19号が関東・東海地方を直撃して、被害を与えた。9月9日にも台風15号が千葉県など関東地方を襲って被害を与えたばかりである。

日本は水資源量に大変に恵まれたところである。サハラ砂漠や豪大陸の内陸部の乾燥地帯と比べればとても水に恵まれている。水は豊かさ、生活と健康の基盤をもたらす資源であり、ダイアモンドより人間の生存には不可欠である。

その重要な水資源と日本人は上手に感謝し付き合っているのであろうか。日本には水に関することわざがある。「水に流す」、「魚心あれば水心」、「水の泡となる」と「水の低きに就くごとし」など数えればきりがない。


水資源と環境の視点

河川、環境に関する8月の豪メルボルンで購入したFred Pearce著「When the Rivers Run Dry」の冒頭に出てくる湖沼はアフリカ大陸の中央部に位置するチャド湖である。これはニジェール、ナイジェリア、カメルーンとチャドに囲まれている。チャドとは「大きな湖」との意味である。

この巨大な湖は、1984年、30年も前のことであるが、私にはとても懐かしい。その年の8月下旬にこの湖を訪ねた。

実は、直前に、カメルーン・ドアラ国際空港爆発事故があり我々のミッションもカメルーン入りするかどうかを審議したが、結局はミッションの訪問を決定し、カメルーンの首都のヤウンデまで国内線に乗ったが、羊や鶏を持参した乗客でいっぱいで、何人かの乗客と家畜が強制的におろされた。


ヤウンデからチャド湖への道

首都のヤウンデ市から北部のマルア市まで飛行機で向かいそこからチャーターした自動車でチャド湖に向かった。約200キロあった。5-6時間も要したと思う。道路の舗装の状態が悪く、少しでも中心を外れると、でこぼこ道になった。予定の時間が迫っており、現地雇いの運転手が夜間も居眠りしつつ荒い運転をした。

当時からこのチャド湖はとても干上がっていた。行けども行けどもその湖に辿り着かなかった。現在でも地図で見ると巨大だったチャド湖は北のニジェール側に小さくなった湖が一つと南のチャドとカメルーン側に一つの2つの湖に分かれている。その間は湿地帯として水辺の葦とヨシの草木が茂っている。

当時、200キロを走ったので地図を見ると、とっくにチャド湖に到着したが、湖が全く見えない。そこからさらに20〜30キロ走った頃にようやく湖岸が見えた。そこで木造の小舟に乗せてもらった。刺し網漁船で、ティラピアを漁獲していたが、チャド湖の真ん中あたりという。人が立っても十分に立てる水深で、実際に漁師が湖に入り背が立った。水深は1.5メートルほどであるという。以前、チャド湖が今の10倍の大きさがあり、水が滴っていたころは7メートルもあった。


灌漑・堤防工事で干上がる

Pearce氏によれば、チャド湖はいくつかの河川が流れ込む内陸の海のようなもので1970年代から始まり、10000平方マイル(約25600平方キロ)もの広大さを持っていたが、今ではたった10%に縮減した。1970年代と1980年代に干ばつに見舞われ、それに対応しようと、上流河川の水源をダムによって捕捉し始めたのである。

しかし、ダムの下流のチャド湖との間に位置する人々は結局水不足に見舞われた。また1979年にマガ・ダムが建設され、米生産を拡大しようとした。また、巨大な60マイル(約100キロ)に及ぶ洪水防止の大堤防が建設された、これにより干ばつが進んだ。湿地帯と保水地帯(Floodplain)が3000平方マイルから160平方マイルに縮小した。さらにチャド湖の水量が55%減少した。25000頭の牛の放牧地を失い、漁業生産量は90%減少、穀物生産量は75%減少した。

そしてこの地域の1300万人の放牧民、漁業者や農業者が職を失って、流浪の旅を強いられ、あるものは欧州に逃亡し、若者の多くが、これらの貧困の状態の中で勢力を増したボコ・ハラム(Boko Haram)に加入して、住民を拉致し、殺戮するという悪循環に入っている。これも仕事がないからである。しかし、まだ多くの人々は、その根本的な原因が水資源を失ったことにあるとは気付いていないのである。



図;チャド湖の分水嶺;資料ウィキペディア



図;縮小するチャド湖;青色がチャド湖。資料;ウィキペディア


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