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日本人とは何か

連載第72回 シチリアから見た日本人

東京財団政策研究所
上席研究員
小松正之
2020年2月6日

地中海の交差路シチリアの歴史

シチリアは、日本でいえば四国の1.4倍九州の3分2の広さの地中海に浮かぶイタリアの最大の離島である。シチリアは温暖な気候と肥沃な土地柄で地中海の交差点に位置する。

3000年の歴史を有する。最初にやってきたのはフェニキア人、次いでギリシャ人たちがやってきた。シラクーサではアルキメデスが有名である。しかし日本では太宰治の小説「走れメロス」でも知られる。メロスと友人の友情と人を信じぬ暴君を描いた作品である。その後ローマ帝国が、次いでビザンチン帝国そして8世紀にはアラブ・イスラム帝国がやってきた。その後はフランス、ドイツとスペインが統治し、この間の不在地主と農民間の中間管理者としてマフィアが存在するようになった。19世紀の欧州革命の時期にイタリアに併合し統一された。主たる産業は古代より農業でオリーブ、ワインとレモンが特産品である。


世界遺産の宝庫

そのシチリアへ1月下旬に行ってきた。冬の季節と、コロナウイルス騒動の走りで観光客も人も少なく、気候は温暖で快適だった。

人間が創造した歴史遺産巡りは、たとえ世界遺産でも、同じようなものに見えた。パレルモからアグリジェント、そしてピアッツァ・アルメリーナ、シラクーサと最後のタオルミーナまで劇場、寺院や教会と壁画の世界遺産がふんだんだった。しかし、タオルミーナは世界中の人々が一度は訪れたいと願う観光・保養地でエトナ山と海岸線街と真っ青のイオニア海が調和した絶景だった。朝は空気が澄んで山頂に雲がかからず3329メートル(噴火で高さが変化)のエトナ山の冠雪と青い海がはっきり見えた。



タオルミーナのギリシャ劇場から望むエトナ山 2020年1月28日


諸民族が交差した州都パレルモ

シチリアの州都パレルモは仙台と同じ緯度38度10分に位置する。アラブとキリスト教とユダヤ文化が調和した街である。人口は68万人シチリアでは最大の街である。パレルモのパラチーナ礼拝堂や4つ角の泉と新門や幸福門を歩き市内の3つの市場も廻った。

パレルモをペストの災いから救ったパレルモ人の心のよりどころであるロザリアが横たわる聖堂を訪ねた。ここは地元の敬虔な人が訪れることがふさわしい場所である。パレルモ南郊外8キロのモンレアル地区のカテドラルの金箔のビザンチン・スタイルの壁画モザイク画はパレルモ市内のパラチーナ礼拝堂のキリストと聖パウロと聖ピエトロを従えた画より優れるといわれる。



パレルモのパラチーナ礼拝堂キリストのモザイク画 2020年1月23日


南部の海岸にある街アグリジェントはギリシャ人が古代に建設した街で、ギリシャ神殿がそのままの形で残っている。そのコンコルディア寺院は壮大である。シチリアの中心部の農村地帯にあるローマ時代の貴族の大豪邸の床のモザイク画(世界遺産)は、アフリカからの巨大な象も描く。ローマ人はここを中継点に動物を運び、ローマのコロッセオ(円形競技場)で奴隷の闘士(グラディエーター)と戦わせたと伝えられる。

シラクーサはギリシャ人がオルティージャ島に街を建設した。アルキメデスもここで生まれた。

タオルミーナの多くの店やレストランが閉まっていたが空いているレストランはおいしく親日的な人が多かった。


抑制的なシチリア人の親切心

シチリア人とローマ、ナポリやイタリア半島の人々との違いは明白だった。

同じ島国として日本と比較すると、他民族がそのシチリアの豊かさと温暖な気候を求めて侵入した国と日本のように他国の侵略がなかった国の民族と人間性の違いが見えた。シチリアは自己抑制的でやたらと表面を見せることをしないのではないか。

シチリア人も、ローマやナポリと異なり、控えめでしかし親切でかつ独特の人間性が見られた:積極的ではないが気遣いはする。しかしナポリや南イタリアのようなおせっかいはない。明るくはないが、暗くもない;が印象的だった。同じイタリアでも、こんなにも違うのかと思った。シラクーサのスーパーの女性店員に、私の印象を「控えめな親切がシチリア人の特徴では」と聞いたら「そう」であると答えた。


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