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日本人とは何か

連載第74回 コロナウィルスと欧州への旅(その1)

一般社団法人生態系総合研究所
代表理事 小松正之
2020年3月19日

ノルウェーの古都ベルゲン

2月29日に成田空港を発ち、ノルウェー、スウェーデンとオランダを回って、3月13日に帰国した。ローマの国連食糧農業機関(FAO)も訪ねる予定だった。

出発時のフィンランド航空国際線は、40%程度は埋まっていた。ヘルシンキ空港に着くと中国人の姿がない。日本人の観光客が、それも年配の女性客が目立った。

最初の到着地ノルウェーのベルゲンは長閑で、北大西洋シーフード・フォーラムが開催された。これに合わせて、私は出張した。しかし一緒に行くはずだったノルウェー水産物協会のグンバル氏がトロムソ本部から出張の許可が出なかった。この会合も多くの参加者が出席を取り消したが、よく開催された。


マルメでクレオパトラ国連海事大学長と会食

4日にコペンハーゲンを経てスウェーデンの海洋貿易都市マルメ市に入った。鉄道で海峡を渡ったが、国境でパスポートの検問にも来ない。列車では老年男性が親切であった。彼は女性の車掌にも相談し「マルメ中央駅からホテルまでは歩いて行った方がよい。」などと親切であった。

その夕刻、カリブ海諸国ドミニカ連邦出身のクレオパトラ学長のお気に入りの海鮮レストランで夕食に招待された。コロナウィルスの話など、一切出なかった。私が水産庁で捕鯨を担当していた当時「カリブ海のマーガレット・サッチャー首相」と呼ばれていたドミニカ連邦のユージン・チャールズ首相と親しく歓談の機会があったことに言及したら、クレオパトラ学長の母方のいとことのこと。途端に話が弾み、学長の生い立ち、父親の理解と修道女の支えで奨学金を獲得し、スイスの大学院で国連海洋法と海事の労働問題で博士号を取得し、国際労働機関(ILO)に勤めて、当時の日本人国際海事機構(IMO)の事務局長から強く依頼され、現在の国連海事大学の学長に就任した経緯を説明された。

ノルウェーの首都オスロに戻りノルウェー貿易漁業省とナンセン研究所との会合を持った。中心街カールヨハン通りのグランド・ホテルに3泊したがコロナウィルスの話は特に話題にもならなかった。



国連海事大学のクレオパトラ学長と筆者 2020年3月4日


コロナウィルスが拡大のローマ行きのキャンセル

そして3月8日にオランダに移動する。ここでもコロナウィルスは特に問題であるとは見えなかったが、問題は次の訪問地のイタリアのローマであった。北部のロンバルディア地方とミラノがコロナウィルスに侵され、北部イタリアの街が封鎖されたニュースが流れ出した。毎日、FAO勤務日本人と職員から、日本大使館が配布するコロナウイルスのイタリア各州での汚染状況とイタリア連邦政府と各州の対応状況が連絡されてきた。それでも北部イタリアだけで南のローマは大丈夫だろうと思っていたが、FAOでは大小の会合にかかわらず、すべてが延期し中止された。職員は全員が自宅勤務を余儀なくされたとの連絡が入った。これではローマ行きは、中止した。家族から、イタリアからの帰国者には日本入国時に14日間の待機がかかる可能性もあるとメールが入った。


オランダのデルフトから急遽帰国

オランダのデルフト市で見たCNNやBBCは欧州国内の飛行機便の規制を検討し、無駄に空飛行機を飛ばすなとのグリーンピースの抗議の報道がなされた。3月11日の夕方に日本の旅行代理店にすぐにメールをして帰国便を12日に変更した。私の泊まったデルフトの中心地の旧市街にあるデルフト・博物館ホテルは旧家豪邸を改造したもので3棟もあったが、私の滞在時には1棟しか滞在客がいなかった。コロナウイルスの影響である。

朝食は2日間ほどアメリカ人ビジネスマンと私は雑談をしていたが、私が帰ると説明した途端、給仕のオランダ人女性は、彼らも急遽米国に帰国したという。13日の真夜中で米国は欧州からの帰国便をシャット・アウトするとの決定をしていた。彼女もお客がいなくなりとても先行きが心配そうであった。ホテルからデルフト駅までのタクシー運転手が「コロナウィルスは平気だ。帰るのか。」と残念そうだった。残念ながら握手はしないと言った。



人気が少ないデルフトのフェルメール美術館前 2020年3月11日


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