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太平洋を取り巻く国々と私

第10回 スタインベックの「怒りの葡萄」と「エデンの東」

アジア成長研究所
客員主席研究員 小松正之
2015年1月19日
スタインベックを知る手がかり

私はスタインベックに魅せられた。昨年5月にモントレーを訪ねてモントレー水族館のツアーで、彼の敬愛する生物学者で哲学者のエドワード・リケットに出会った。スタインベックがモントレー市やパシフィック・グローブ市の街並みとモントレー湾の生態系の再生に尽くしたことを知る。私はモントレー水族館で、リケットとスタインベックの著作を購入し、入手できないものはモントレー水族館の職員が入手してくれた。読みだすと、リケットとスタインベックの考え方や生きざまに共感を覚えた。彼らの人となりはスタインベックの著作を通じて学ぶことが多かった。その他に、リケット著「Between Pacific Tides」やStephen Palunbi著「The Death &Life of Monterey Bay」やSusan Shillinglaw著「Steinbeck’s California」やスタインベック著「Cannery Row」(写真)などにスタインベックの考えやカリフォルニアの情景が描かれる。


怒りの葡萄の背景

私は、2009年にシカゴの西約200キロにあるイリノイ州プリンストンを訪れた。そこは大農業地帯で長年のトウモロコシの連作で土壌劣化と流失、砂漠化が進んでいた。それでも春になると肥料と水を投入し病気・害虫に強い遺伝子組み換えのトウモロコシの種苗を蒔いて大量生産をする。

「怒りの葡萄」の舞台1930年代のオクラホマでは、小規模な農家が、土壌の劣化で収穫量が落ち、銀行から借金で長年やりくりをしていた。しかし、銀行が農地の所有権を担保にしていたために、小規模な農家を追い出して、その後に大規模農業地帯にする。そして追い出された農家は途方に暮れカリフォルニアを目指す。

「怒りの葡萄」でスタインベックは農園主から共産主義者とのレッテルを張られ、オクラホマやカリフォルニアの学校ではこの本を焼かれ読書を禁じられた。この時代は第2次世界大戦前の共産主義運動が活発で、ロシアではレーニンが共産主義国家「ソビエト連邦」を樹立し中国共産党も躍進した。 しかし彼は「自分は政治的意図には関心がない」と明言している。この本はエレノア・ルーズベルトそしてフランクリン・ルーズベルト大統領にも読まれ一躍失地回復し有名になった。ルーズベルト大統領は、この本をきっかけに米国の農民政策を樹立していく。スタインベックの偉大な影響力である。


「エデンの東」

エデンの東の「エデン」はスタインベックにとってはカリフォルニアである。彼は、カリフォルニア州の農村地帯サリナス市生まれである。若いうちから作家を目指し、スタンフォード大学に入学するが、卒業する気がなかった。故郷の農業や自然に大きな関心を持ち細かなところまで観察した。彼にとって「エデン」すなわち西は閉塞感の土地であった。一方、彼にとっての「東」ニューヨークにあこがれた。しかし、若い時に訪れた時には数か月で帰る。後年1948年に3度目の夫人Elaineと13年間住み、臨終の地となった。ニューヨークの東72丁目の通り暮した。私は、将来この東72丁目を訪ね、彼の足跡を辿りたい。スタインベックは、「エデンの東」をニューヨークの地で書き上げた。


幸福とは何か

「エデンの東」は自分の生い立ちと親や兄弟と身近な人々を描いている。ジェームス・デイーンが演じたカルの父親「アダムト・ラスク」が主人公であり、スタインベック自身と言われる。彼と対立的に、かつ悪魔に描かれる娼婦で妻の「キャシー」がいる。彼女は意思が強くすべての悪を有する強さがある。 彼女のモデルは最初の奥さんのキャロルと言われる。ところで、人のために尽くす登場人物がいる、地域の農家の世話焼きのハミルトンとトラスク家のお手伝い中国人男性リーである。両人とも博識で自分の利益名誉や世間的成功を求めない。人々から敬愛され静かに死んでいく。

幸福とは愛であるとスタインベックは云う。自分が人から愛されているかどうかは所詮わからない。だから、自分がその人を愛しているかどうかだと彼は思う。「エデンの東」の最後の場面、カルと臨終のアダムの対話がそれを暗示する。


スタインベックの小説「Cannery Row(缶詰横丁)」の舞台モントレーの街並み

写真 スタインベックの小説「Cannery Row(缶詰横丁)」の舞台モントレーの街並み


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