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太平洋を取り巻く国々と私

第12回 グランドキャニオンとラバ乗り

アジア成長研究所
客員主席研究員 小松正之
2015年2月20日
グランドキャニオンとは

1983年私はエール大学ビジネス・スクールの日本人の1年先輩の2人とともにグランドキャニオンに出かけた。フェニックスでレンタカーをして、グランドキャニオンの入り口のフラッグスタッフまで行った。そこから北のグランドキャニオンに向かった。アリゾナ州北部にある峡谷である。コロラドの平原が、コロラド川によって削りとられたのである。その雄大な景観から米国の国立公園に指定されている。1979年に世界遺産に登録された。この渓谷はいまから約4000万年前から浸食が始まり、現在みられるような峡谷になったのは約500〜600万年前と言われている。


雄大な自然

1919年にアメリカの国立公園に指定され、その後世界遺産に登録されたグラントキャニオンは年間を通じて観光客が年間約400万人押し寄せる。観光の中心はサウスリムでこの付近は標高約2000メートルである。我々もその付近のホテルに泊まった。

国立公園内には1500以上の植物と355種の鳥類と17種もの魚類がいる。その他にもたくさんの生き物がいる。しかし、幾重も地層が重なったように見える大渓谷は、非常に乾燥しており、植物もサボテンに見える低木が多い。平面に幾重にも重なって見える地層は地肌が露出しており、植物も動物も見えない。近づけば、見えるのかもしれない。峡谷の下まで降りると漸く低木ではあるが植物も樹木がたくさん見える。針葉樹ではないが広葉樹でも、葉があまり大きくない。乾燥地帯の特徴なのであろう。


ラバに乗り渓谷まで降りる

私達の目的はただ単にグランドキャニオンに来たのではなく、ラバの背中に乗って、渓谷の下まで約2時間かけて、ゆっくり渓谷の小道を降りていくトリップを楽しむことであった。先輩の友人が既に40ドル(1983年当時の価格)で申し込んであり、今更どうにも変更が出来なかった。2000メートルのがけから渓谷の下をのぞくと深い底である。その底に到達するために、ラバの背中に乗って私たちは、2時間も降りていくのである。渓谷沿いの小道も幅が1メートルぐらいにしか見えない。そしてなにより私は、乗馬もしたことがなかった。それが断崖絶壁をラバの背に乗って降りていくのである。恐怖感が襲ってきた。

ところが 米国人の若いインストラクターはとても慣れたもので、心配しなくていいという。ラバは馬とロバを掛け合わせたもので、とても素直で大人しいそうである。

しかし、ラバの背中(約2メートル)に自分の上半身を足し合わせた高さは、3メートルぐらいか。そこから、はるか下の渓谷を臨むと本当に恐怖だった。ラバが揺れたり、暴れたりしたら、一巻の終わりである。怖くてしょうがなかった。それでも手綱を握り1時間もラバの背に乗っていると段々に慣れてきた。やめればいいものを強気で、乗ることを決めたし、先輩たちの手前、自分だけ一人やめるのも嫌だった。だから乗ると意を決したのだった。

しかし、わたしもまだ29歳と若かった。あっと言う間に手綱さばきも習得していた。

渓谷からコロラド川を見ると遠望がとても雄大であった。本当のご褒美だった。

渓谷の平地につきようやく気持ちがリラックスして、とても充実感にあふれた。初めての乗騾馬を経験し何とかやりこなせた。


行きは怖いが帰りはヨイヨイ。

帰りは、慣れもありまた、ラバに乗っても上を見ていればよかったので、恐怖心も全くなかった。むしろ快適に騾馬の背中を楽しむことが出来た。ところでがけから白い30センチぐらいの線が幾か所でも流れて落ちて見えた。聞くとラバの小水の塩分が白く乾燥し田ものだそうだ。

また、2時間を要して、元の出発点のサウスリムにもどった。そこで、我々に終始同行した米国人の若いインストラクターから、修了証書(写真)をいただいた。この終了証書はしばらく保存していたが、30年もたってわが家のどこにも見当らない。若き日のグランドキャニオンの思い出。今もう一度やれと言われてもできない。


「ラバでのグランドキャニオン下り」の終了証書の授与式

写真 「ラバでのグランドキャニオン下り」の終了証書の授与式 1983年
右が筆者、左はインストラクター


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