福島徹という人物がいる。
福島は、食品スーパー経営者で、都内に4店を構えている。決して大型スーパーとはいえないが、消費者からの圧倒的な支持を得るその仕事振りは、昨年10月31日のNHK番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも取り上げられた。その時の副題は「信用は己の全てでつかみとる」だ。
スーパーでありながら、チラシの配布は行わず、安売りの特売日も設けない。それなのに40年間、大手スーパーに負けずに生き抜いてきた。消費者にとっての自分の存在意義は「売れそう、ではなく、役に立つか、で考える」ことから生まれると言い、顧客に「ここには来るのが楽しみ。何か新しいものに出会えるから」と言わせる福島の最大の強みは、食材に関する「目利き」である。
福島は言う。「いい品は、いい人柄が作り出す」と。全国の農家を駆け回り、丁寧に食材を探し出す。そして、品質や価格、安全性に加えて、作物そのものへの愛情こそがよい品を支える重要な要素と言うのである。だから福島は、食材を生産する農家の「人柄」を大切にする。宝物を発掘するように埋もれた食材を探し出してヒット商品に育てる福島を、人はトレジャーハンターと呼ぶ。
また、農家からの仕入れにあたり、福島は自らの利益をオープンにする。農家をパートナーと考え、どちらもが損をしない関係を構築することこそが真に利益を生み、そして消費者に支持され、信頼されると確信しているからだ。
今年、福島は、原発事故に苦しむ福島県産の米を販売した。検査によって放射性物質による汚染はないことが明らかではあっても消費者は購入を敬遠する。しかし、福島は「目利きの覚悟」として「いいものはいいと言い切ること」が大切だと言う。そして、何よりも品がよいことにこだわって販売を決意した。
これを購入したある一人の消費者の言葉には妙に納得感があった。検査での安全を確認するとともに、「この店に置いてあるなら大丈夫って感じもあるよね」と言うのだ。まさに福島への大きな信頼が商品への信頼につながっている。
番組の最後で「プロフェッショナルとは?」との問いかけに、「どんな状況でも楽しさを見出し、純粋な心でこつこつと一つずつ積み上げていく根気力の持ち主」と答える福島は、まさにそのように生きている。
ところで、「商人」というのはどのような存在であろうか。かつて、江戸時代では商人は何も生産することなく利益を得るものとして倫理的に劣るという見方があり、士農工商という身分制度が出来上がった。その中で、思想家であり、倫理学者とされる石田梅岩(1685−1744)が打ち出した考え方が「商人道」というものである。
「農民は作物を作って禄を得る。武士は主君に仕えて禄を得る。商人は売買を行って禄を得る。これは天下の道理である。武士が主君に忠でなく禄をもらっていれば武士ではない。商人は売り先への誠実がなければ商人ではない」
石田梅岩はこのように説いて、「商業の本質は交換の仲介業であり、その重要性は他の職分に何ら劣るものではない」という考え方を世に示した。
石田梅岩は、商人に求められるものは、「武士道」に対する「商人道」であるとし、商人には、「倹約」と「正直」が大切であると説いた。「第一に倹約を守り、これまで一貫目の入用を七百目にし、これまで一貫目有りし和を九百目あるようにすべし」、すなわち、三割節約して利益を一割減らせというのである。そして、「実の商人は、先も立て、我も立つことを思うなり」と説く。これは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という近江商人の「三方よし」につながる考え方でもある。さらに言えば、現在のCSRの先駆けともなる考え方といってよいであろう。
最初にスーパー経営者である福島徹を紹介し、続いて、石田梅岩の言う「商人道」に触れてきたが、福島の仕事のやり方はまさに商人道そのものである。そして、保険代理店もまた、商人として「商人道」を求めるべきではないだろうか。
通常、物を売る行為は「販売」という言葉で表される。ところが、保険の場合、これを「売る」行為は、長く「募集」という言葉で表されてきた。辞書によれば、「販売」は、「商品を売ること」(大辞泉・大辞林)とされる一方で、「募集」は、「広く呼びかけて必要な人や物を集めること(大辞泉)」、または、「希望する人を、募って集めること(大辞林)」と記されている。保険が大数の法則に基づいて運営されていること、特に生保においては保険会社が「相互会社」であったこと、目に見える物品ではないことなどから、保険に関しては、「販売」ではなく、「募集」という言葉が使われたのだろう。昔のように「大蔵省が理想的な保険を認可し、保険会社が代理店とともにその下に集う人を募る」という時代は「募集」という言葉が適切であった。
しかし、今は、様々な要素を背景とした顧客の保険に関するニーズがあり、それを満たす形で「商品設計」することが求められる時代となった。このような時代においては、保険会社は複雑で高度な保険商品を様々な形で開発するようになる。その結果、商品の供給者である保険会社と顧客の間に大きな情報の格差が生じるため、これを親切かつ丁寧に埋める役割が求められる。また、顧客の中に潜在的に眠っているニーズを掘り起こす積極的な行動が求められる。さらに、保険会社のためにモラルリスクや逆選択リスクを排除するという役割も求められる。これらこそが保険代理店が担うべき役割である。まさに、保険の募集ではなく、販売のために保険契約者と保険会社との間を仲介する「商人」が必要なのである。
今、保険代理店は、保険会社の「代理店」ではなく「商人」として、保険会社から自立し、強い倫理で自らを律し、顧客に正直かつ誠実に接することが求められる時代に生きている。そして、こうした役割を担う商人が備えなければならない論理と倫理を考える場合、石田梅岩の唱える「商人道」は重要な道標になるのではないだろうか。
新年らしく、少々、精神論を記してみた次第・・・・・(*^_^*)
(文責個人)
日本損害保険協会 常務理事 栗山泰史
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