保険、一歩ずつ

保険の「共通化・標準化」の意義を考える

 昔、例えば、第二次世界大戦が終わり、焼け野原の中から日本人が復興を始めた頃、人々にとって大切なものは、工場であり、その中に備えられた工作機械であり、外貨を稼ぐために船上にある輸出品であった。そして、それら大切な財産を守るために火災保険や貨物保険が必要となった。

 しかし、今や時代は大きく変わった。工場や工作機械に代わって、情報や特許などの知的財産、企業ブランドなどがもっと大切で高価なものになっている。こうした経済のソフト化、サービス化という変化の中で、保険もまた変わっていかなければならない。つまり、いわゆる「保険の目的」が「形のある財産」から「無形の財産」の方にシフトする時代になってきたのだ。
 こうした時代において、保険会社は保険商品のメーカーとして顧客の多種多様な複雑なニーズに合わせ、(古臭い言葉になっているが)「多品種少量生産」を心がけることが必要だ。一つの顧客だけが求める保険を、その顧客のリスクに応じた保険料設定によって作り出すことが求められるのである。
 これは、そもそも保険の前提である大数の法則が成り立つ世界ではない。例えば、数あるブランドの中で世界一高い価値を持つのはコカコーラであると言われているが、コカコーラブランドを保険の目的とする「ブランド保険」を作るなら、その料率はコカコーラ1社にしか通用しない。そして、それはそもそも保険なのであろうか。保険というよりもむしろコカコーラとしてのファイナンス(リスクファイナンス)に近い。専門的には、ARTやファイナイトといった分野である。

   ところで、今述べたようなことは、一般の保険契約者に関係のある話であろうか。まず間違いなくグローバルに活動する企業にのみ関わりのある話であり、保険会社やブローカーによる直接の企業とのやりとりによって保険の内容は決定することになる。この場合、保険会社は金太郎飴的な画一化から脱することが必要であり、業界としての協調は成立の仕様もなく、保険料率算出団体の料率などそもそも存在せず自社単独で料率算出する以外に何の手立てもない。こうした動きは、企業分野の保険の最先端で生じている現象であり、これにどう立ち向かっていくかは、特に3メガ損保にとって重要な戦略的課題である。
 その一方で、自動車保険や家庭保険などの個人分野の保険には何が起こっているのであろうか。保険の自由化によって、各社の商品が特約を中心に多種多様になったが、これが保険金支払い漏れ事件につながって保険契約者を巻き込む大きな混乱を引き起こした。人身傷害保険は名前だけは各社同一だが、小さな約款内容の差によって約款解釈を巡る訴訟事例が増え、それを受けて学者の論文にも様々なものが出るほどに混乱が生じている。
 また、自由化以降の保険会社の個別対応の結果、事務システム分野における個別化が進み、保険会社の経費支出の増加の要因の一つに数えられている。そして、この問題は、特に乗合代理店にとって業務上の大きな桎梏にもなっている。

 こうした保険自由化以降の個人保険分野に及んだ「多種多様化」の弊害を解消するために何が必要なのであろうか。各社の保険料が料率算出機構の出すアドバイザリー料率をベースに計算されるのは、保険を支える大数の法則を考えれば当然のことである。保険は、大数の法則の存在によって、そもそも同業者との協調がなければ成立しない事業である。アメリカの料率算出団体であるISOの果たしている役割を見れば、むしろ日本における料率算出団体の機能をさらに拡充すべきとの議論が出てきてもよいくらいだ。
約款を中心とした商品内容に関しては、損害保険事業総合研究所が2010年3月に刊行した調査報告書「欧米主要国における保険規制、監督、市場動向について」が大いに参考になる。これによれば、欧米各国においては個人向け保険の場合、例えば更改の場合には保険契約者への説明を省略できるなど、現在のわが国に比べて説明の程度は大幅に軽減されている。この最大の理由は、個人向け保険は内容的に保険会社間の差異がほとんどなく、「共通化・標準化」が進んでいることにある。
欧米における個人向け商品内容の「共通化・標準化」による商品の簡素化や平易化は保険契約者にとって保険が分かりやすくなるという効果を生み出すとともに、保険会社や保険代理店が説明責任を果たすための資料や時間等に要するコストを軽減することにつながっている。そして、このコストの問題は、最後には説明に必要なコストが保険料の一部として保険契約者に転嫁されることになるという点で、保険契約者にとっても本来、重要な関心事であるはずだ。
 損害保険商品において、企業分野の保険では個別化が避けられないのに対し、個人分野では、今、この時にこそ、むしろ「共通化・標準化」が求められているのである。

(文責個人)

日本損害保険協会 常務理事 栗山泰史