今回の東日本大震災における地震保険の支払は既に1兆2千億円を超えている。何よりも誇るべきは、迅速さであろう。地震発生から約3ヶ月の間に件数ベースで9割を超える支払を実現した。
少し極端な話ではあるが、もし今回、全損認定地域や津波、液状化損害の明確化など業界ベースで一律に設定した基準がなく、自由化以降随所に見られたような各社の独自基準での損害処理が行われていたなら何が起こったであろうか。おそらく、被災者は保険金の認定額に疑問を感じて簡単には納得せず、保険会社も説明に多大な時間と労力を要したであろう。
今回の震災対応において、様々な基準や措置の導入に関しては業界として粛々と協調し、各社の競争は保険金支払いにおける迅速さや親切さの領域で行ったのである。そして、この結果を最も享受したのは被災者であった。
本質的に保険というものは、競争領域と非競争領域の適切な切り分けの中でこそうまく機能する。このことをまざまざと示したのが今回の震災対応であった。保険契約者のためになる協調、それこそが業界としての「共通化・標準化」である。
賠償責任保険は新種保険の一種であり、自動車保険とは異なる保険である。「何を当たり前のことを言っているのだ。」と叱られそうだ。しかし、自動車保険のうち、対人対物賠償の部分が、保険の原型として賠償責任保険の一つであることには異論はないだろう。
施設賠償責任保険は「証券記載の施設」の所有、使用、管理に起因する事故と「当該施設において行われる業務行為」に起因する事故をカバーする保険である。もし、証券記載の施設として「自動車」を記載し、そこでの業務行為を「運行」とすれば施設賠償で自動車の賠償事故がカバーされてしまうのだろうか。賢明な読者の皆さんは、すぐに気付かれると思うが、免責条項に「自動車の所有、使用、管理」が入っていてこの抜け道は成り立たない。
同じ賠償リスクであり、施設賠償で引き受けることができそうなのに、なぜ自動車保険は賠償責任保険とは異なる独立した保険になっているのであろうか。ここに保険種類と保険種目という考え方が基本として潜んでいる。
現在の保険業法は、生命保険と損害保険という構成になっているが、改正前の保険業法では、生命保険に対する損害保険という言葉はなく、火災保険や海上保険など27の保険種類が記載されていた。そして、これら保険種類の中に保険種目が存在する。傷害保険は保険種類の一つであり、普通傷害保険や交通事故傷害保険などは保険種目という位置づけになる。
行政が保険会社を監督する中で、保険業法(旧法)に根拠を置いて保険種類と保険種目を定めていたのには、主に二つの理由がある。一つは料率であり、もう一つは約款である。
保険は、大数の法則によって成立する。この法則の下ではより多くの母数が存在することで答えはより正確になる。つまり、個々の保険会社が保険種類や保険種目を勝手気ままに作ってしまえば、会社の枠を超えた母数を集めて大数の法則を成立させることが不可能になる。従って、保険会社は個別会社の枠を超え、一定の約束の下に集合すること(共通化・標準化)が必要になる。ただし、この論理の下では、施設賠償の「リスク区分」(これもまた大数の法則を成立させる仕掛けだが)の一つに自動車を入れておけばよく、施設賠償で自動車を免責にし、そして自動車保険という独立した保険を作ることで、全体を複雑化する必要はないかもしれない。
そこで約款である。約款は、保険がどのような事故を対象にし、どのような場合に免責とするかなど、保険のてん補内容を定めるものである。自動車のメインリスクが賠償よりも車両の物損害リスクとして捉えられるという時代的な側面もあって、保険契約者の理解のためには自動車という保険種目を独立して作る方がよいという考え方が出てくる。そして、保険契約者の保護のためには、少なくとも保険の基本的な枠組みは個々の保険会社ごとに異なることがないように規制することが必要になる。
このような形で、自動車保険という保険種類が、対人、対物、搭乗者傷害、車両の総合的な保険として世の中に定着していったのである。さらにその後、保険自由化によって特約の多様化、複雑化が生じ、これが保険契約者の理解を超えるところにまで至って保険金支払い漏れ問題が発生した。そして、今、保険商品の簡素化や「共通化・標準化」が課題になりつつある。
今となっては空気のように当たり前のごとくに存在する保険種類や保険種目であるが、保険という考え方が「発明」され、これが様々に「発展」し、時には大きな「革新」がある中で、保険は多様な保険種類と保険種目に分化して整然と成長していったのである。これを支えてきたのは、約款と料率を適切に作り上げる保険のプロフェッショナルの力であり、それが有する保険に関する普遍的な論理と倫理の力である。保険種類と保険種目の形成は、まさに保険の「共通化・標準化」の第一歩である。単なる思い付きによる保険の多様化やリスクの細分化とは大きく異なる、長い保険の歴史がここには横たわっている。
(文責個人)
日本損害保険協会 常務理事 栗山泰史
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