保険、一歩ずつ

「リスク区分」設定における「規律」

 前回、「リスク区分」の設定における公的規制に関して述べた。いまや、まさに保険は自由化された環境の中にある。こうした環境の中で、保険会社は、金融庁が行う公的規制がないところでは何をしてもよいのであろうか。

 自由化とは、規制がない中で民間が何をしても構わないという状態では決してない。「官から民へ」という言葉が示すところは、「公的規制」の緩和によって民間の自由な活力を引き出そうというものである。しかし、この場合の前提は、消費者や契約者の保護に関しては一層強化した上で、「公的規制」に変わって民間自身による「自主規制」に委ねるということである。自由化によって、ディスクロージャーやコーポレートガバナンス、コンプライアンスの強化が強調されるのはこのためである。

 ところで、リスク区分の設定における保険会社としての自主的な規制を考える場合、こうした分野での先進国であるアメリカの例は大いに参考になる。アメリカでは、リスク区分の設定に関し、以下の点を考慮すべきとされている。
 @リスク区分とリスクとの間に合理的で客観的な相関関係があること
 Aリスク区分内において契約者間の公平性が確保されていること(公平性)
 Bリスク区分の間に、明確な線引きが可能であること(分離性)
 C法的に容認されない不当な差別にならないこと
 D契約者に損害防止のインセンティブを与えるものであること
 Eリスク細分化に伴うコストが不当に割高にならないこと
 先だってEUにおいて「男女別のリスク区分は不可」との判決が出たが、これは上記の分離性の観点からリスク区分として問題があるとされたものである。すなわち、男全体と女全体として見ればそれなりのリスクの差が生じるものの、男一人と女一人として見ればリスク上の差は殆どないという点で、リスク区分としては十分なリスクの分離がないということである。
 また、例えば、ある保険会社が「18歳」というリスク区分を設けた場合、「18歳」全体が同じリスクであることが必要であり、一部の暴走族のような存在が「18歳」のリスクを引き上げているものの、その他の大多数は他の年齢と大差ないという場合は「公平性」に照らして「18歳」というリスク区分の設定は適切ではないとの結論になるのである。

 このように、保険自由化の下でも、一定の範囲で金融庁による公的規制が継続し、それとともに民間における自主的な規制が存在する。そして、民間の自主的な規制に関する指標、すなわち「標準」を生み出す組織が「損害保険料率算出機構」である。算出機構のホームページに掲載されている森嶌昭夫理事長の挨拶を引用してみよう。
 「自動車保険・火災保険・傷害保険等の国民生活に密着した損害保険については、社会・公共的な観点から、公正で妥当な保険料の算出を通じて、安定的な保険の提供が確保される必要があります。このため、わが国では、『損害保険料率算出団体に関する法律』に基づき、損害保険業の健全な発達と保険契約者等の利益の確保を目的として当機構が設立され、会員である保険会社等から大量のデータを収集し、精度の高い統計に基づく適正な参考純率と基準料率を算出しています。(中略)
 私たち『損害保険料率算出機構』は、これらの業務全般を通じて、『保険契約者等の利益を守り、損害保険業の健全な発達に寄与する』という社会的な使命を果たすため努力してまいります。」
 算出機構が算出する参考料率は、自由化の中で各社の料率としてそのまま使用されるものではない。算出機構は、元になる約款について「標準」を定め、リスク区分を「共通化・標準化」し、大数の法則に基づく料率の精度を高めるために参考料率を提供する。そして、保険会社は各社ごとに参考料率をベースに他社との競争に打ち勝つ料率を設定するのである。まさに、算出機構は、保険契約者と保険会社双方が永続的に必要とする損害保険の共通基盤を形作っている。

 いまや、保険自由化の中で、かつてのように各社の料率が同一ということはあり得ない。しかし、保険が保険であることを支える「規律」はどのような時代においても必要である。規律を失ったリスクの細分化や約款の乱れによる保険商品の多様化は何よりも保険契約者に不利益をもたらすものだ。保険商品に関し、金融庁による公的規制、算出機構による共通基盤の形成、それをベースとした保険会社による自主規制、この3つを適切に維持することは損害保険にかかわるすべての人々にとって非常に大切なことなのである。

(文責個人)

日本損害保険協会 常務理事 栗山泰史