保険、一歩ずつ

自賠責が生み出した「医研センター」の大きな価値

 自賠責の本質について、その一端を記してみよう。
 人は誰でも怪我や病気で苦しむ。その際、お金のある人は自力でそれから逃れることができるが、お金のない人は苦しみ続けるしかない。すなわち「自助」には限界がある。その際、一般論として言えば、「自助」の限界を補うのが「公助」、すなわち政府による救済だが、すべてを税金で賄うと財政的に限界が生じる。そこで、当事者に強制的に保険を付けさせて救済する制度が存在する。
 人が病気や怪我を被る場合の3大原因は、1)自分自身に原因がある場合(例えば癌になる)、2)労災事故、3)自動車事故である。そして、日本では、これらの原因別に公的保険制度が設けられている。自分自身に原因がある場合の「健康保険」、労災事故の場合の「労災保険」、自動車事故の場合の「自動車損害賠償責任保険(自賠責)」で、どれも強制保険となっている。保険を付けることを強制することで、税金とは異なる形で病気や怪我に備える原資を生み出す仕組みになっているのである。ちなみに、この3つ以外にも公的制度があり、例えば、犯罪被害者、公害被害者、薬害被害者などを救済する仕組みがある。

 自賠責は、こうした公的制度の大きな柱の一つである。ものごとには、光と影がある。自動車は利便性が高く、現在の世の中に欠かせないものだが、その一方で、自動車事故による被害者救済のためのコストが極めて大きいという問題がある。こうしたコストを「外部経済コスト」といい、欠陥製品による被害に関する製造物責任や公害被害に伴う企業責任などはどれも同じく「外部経済コスト」に位置付けられる。問題は、これをどのように捻出するか、誰が負担するかということである。
 保険の論理だけで言えば、自動車事故のために国民全員が加入する傷害保険を創設してもよいのだが、自動車事故に関しては、自賠責の付保を強制することで、自動車の保有者に被害者救済のためのコスト、すなわち外部経済コストを一元的に負担させる仕組みの方が優れている。そして、これは同時に賠償責任を課すことによる事故防止の促進効果も生み出しているのである。
 自動車を使って便利に暮らすためには、自動車の製造や販売に関するコストに加えて、自動車事故による被害者の救済、欠陥自動車による製造物責任などの外部経済コストの適切な負担を実現する仕組みが必要なのである。

 ところで、自動車事故の被害症状は、頭部外傷、頚部損傷、骨折の3つに代表され、人が他の原因によって障害を被る場合と異なる特色を持っている。自賠責は、強制保険化と事実上の無過失責任の適用によって、いわば自動車事故被害者のための医療保険という位置付けを与えられており、特殊な被害症状を引き起こす自動車事故に関し、医療技術の向上や医療費の適正化などに貢献してきた。
 医療費の適正化が初めて自賠責保険審議会で議論されたのは、1969年に遡る。以来、損保業界でもこれに真剣に取り組み、1976年には、損保協会内に「医療費問題委員会」が設置された。また、1983年には各社個別の医療研修ではカリキュラム、講師、教材等に限界があり、共同の研修企画とそれを提供する場が必要との結論が企画委員会(今の一般委員会)にて出された。
 このような中、1984年の自賠責保険審議会は、医療費の適正化について、具体的かつ厳しい内容の提案を行ったが、ここで問題とされたのは、一部の医療機関の過大な医療費の請求であった。そして、これへの対策として、主に以下が提案された。
 1)調査担当者の研修の強化と数の増加
 2)損保協会等における交通事故医療に関する調査、研究の強化
 3)日本医師会の協力を得た診療報酬基準案の作成
 4)日本医師会による各地区医師会への診療報酬基準案による医療費請求の徹底

 これらの動きの中で、損保業界のインフラとして、1985年4月に新たに生まれた組織があった。それが「損害保険医療研修センター」、現在の「日本損害保険協会医研センター」である。以来、ここでは通信講座と伊豆研修所での宿泊研修をベースに基礎から始まり高度な交通事故医療に関する業界共通の研修が実施されてきた。この研修は、損保業界における対人賠償担当者のレベルアップと業界としての対応力の向上を実現すると同時に、医師、弁護士との有意義なコミュニケーションの場を形成することにも貢献している。また、近時では、最新・最善の医学・医療知識を学ぶことで、被害者の一日でも早い社会復帰に役立つことを目標にしている。
 「医研センター」は、医療費の適正化を目的に設置されたが、ここで行われている研修を通じて、対人賠償担当者が有すべきノウハウの共通化・標準化につながっている。ともすれば、業界全体よりも各社の個別の取り組みが優先されることがあるが、自賠責が生み出した「医研センター」の大きな価値を守り続けることの大切さを改めて認識すべきであろう。

(文責個人)

日本損害保険協会 常務理事 栗山泰史