日本人とは何か
第51回 英国の歴史に学ぶ;言葉は強いか?
上席研究員
小松正之
2018年10月25日
トンブス著の英国人の通史
1年前に購入して最近17世紀初頭のエリザベス1世の治世の終焉までたどり着いたのがケンブリッジ大学のRobert Tombs(トンブス) 博士の「The English and Their History」である。1000頁に及ぶ大作で、英列島への人類の定着から現代までをたった一人で著したのである。また、トンブス博士はフランス史にも大変に詳しい。
著者によれば、英国の特殊性は島国であることである。そして温帯域にある島国で、英国にとても類似するものが他には日本列島とニュージーランドの三つであるという。英国列島は大陸から20〜400マイルしか離れていなくて、その狭い海峡を通って、交易や人間の行き来があり、そして頻繁に戦争が行われたことが、他の列島と比べた特徴という。
ノルマン(ノルマンディー公)の征服で始まる英国
ノルマンディー公による征服で英国は始まる。彼は、英国に大陸的なものを持ち込んだ。大陸的な封建制度と上流階級と、教会へはフランス語とラテン語(加えてギリシャ語)を持ち込み、それまで、ゲルマン系英人が話していた英語を公式には使わなくなった。しかし、庶民は引き続き英語を使い、教会の記録も英語を使っていた。
もともと仏に根拠があるノルマンが英を支配したので仏に広大な領地を有していた。しかし、これを保持するために英は軍隊を派遣していた。14世紀から15世紀まで100年間もこの戦争が続き、1424年にジャンヌダルクが登場し英国が破れる。
世界の英語の始まり
そして、この時以来、フランス語は使用禁止となった。そして細々と庶民の間で使われていた英語が公式に使われることになった。この英語は、400年前の英語とはフランス語とラテン語の影響を受けて、異なる。ラテン語の語尾変化などは一切省略したり、ラテン語、フランス語とギリシャ語からの語彙を取り入れ、同じ意味を違った単語で表現し、正確性を期したことが特徴である。また、言葉・文章も短く表現力が単純になった。
英語の発展には文学・書物の影響が大きいという。私たちが知る偉大な文学者はシェイクスピアであるが、しかし、当時シェイクスピアもさほど英では読まれなかった。
英語版聖書で英語と内容の浸透
ところで、英でも宗教改革の波が押し寄せてきて、ローマ教会の権威主義を、英王室の力によって打開しようとの動きがみられた。ウィクリフが起こした1381年の農民戦争で、この影響が大陸に及びその後のマルチン・ルターやジョン・カルビンの宗教改革につながる。彼らが言うのは、キリスト教信仰で重要なのは教会ではなく、聖書である。聖書に何が書いてあるかが重要である。協会の儀式への出席や寄付が重要ではないと主張し、彼らは、異端として火あぶりにかけられ、破門された。
英国にもこの動きが伝わり、テインデイル(Tyndale)が聖書を英語に翻訳した。この聖書が発達してきた英語を使い、また、これを読んだ貴族や上流階級に英語と聖書の内容が波及した。これによって英語が英国土全体で使用され共有されるようになった。その功績は大きい。翻訳者のテインデイルは異端者としてベルギーで焚刑に付された。
言語で戦った日人とその後の世界
渡辺崋山と高野長英は江戸末期に難破船員を乗せて1838年日本にやってきた米モリソン号を打ち払った際に、これに反対する書物「慎機論」を著している。崋山は自分が家老を務める尾張の田原藩への迷惑を回避するために切腹。「戊戌夢物語」を書いた伊達水沢藩の高野長英は逃亡先から逃げ帰った江戸で役人に追い詰められて死亡した。伊達仙台藩の林子平は「海国兵談」を著し、海防の必要性を説いたが、発禁処分と蟄居させられた。
結局は、聖書を信仰の中心とするプロテスタント(新教徒)が変化を欲しないカトリック教より力を持ち、変化と人間性に主体を置いた国家はアメリカ合衆国として実現される。日本も、江戸幕府は倒れ、開国し明治の近代国家として発展した。
英国と日本の歴史の教訓は現在の日本にも当てはまるのであろうか?