日本人とは何か

第107回　複雑な陸と川と海の生態系

生態系に関する森林管理者の幅広い経験と見識

2022年11月一冊の英文本、Peter Wohlleben著の「The Secret Network of Nature: The Delicate Balance of All Living Things」を読み終えた。この本を購入したのは2019年8月のメルボルンであった。その時に買い求めたJudediah Purdy著の「After Nature」は既に2020年に読み終えていた。

「After Nature」は法律学の専門家による自然・環境保護の思想の変遷と地球温暖化の人類世（Anthoropocene）の生き方を書いた本であった。

Wohllebenは森林管理者（Forester）である。ライン川沿いの森に居を構え、そこで森の樹木や動植物とアリや昆虫とその幼虫そして微小生物までを観察する。その森に20年以上にわたって住み着いている。そして、それらの微小生物から樹齢数百年の巨木と巨大な牛類までの相互関係を詳しく観察・分析し、彼の広範できめの細かい視点を提供する。それらは、研究室の中で論文を科学的分析ではできない観察と判断を提供する。

また、その長年の経験を生かして、森での一般の人に対するサバイバル・ゲームや森の観察力を教える。しかし参加した人たちから、森についてさらに勉強する素材がないかと聞かれ、それがないことに気づき、著者自らが森についてのわかりやすい案内書を書き始めたのが、出版物のきっかけであった。しかし、著者は森と樹木生態系の専門家であっても、一般の素人にわかりやすい説明能力に長けていたわけではなく、むしろ専門の用語を多く使いすぎて、一般の読者にはわからなかった。そこで、彼の奥さんが一般の人がわかりやすくするように原稿の修正と校正をした。

全ての生き物も感情をもって表現

一方、ドイツ内外の専門家が彼の出版を読んで、多くの批判を寄せた。彼は、樹木や森に生活する動物と生物たちをあたかも感情があるものとして描きすぎる。科学や生命科学的な分析・手法に欠けるとの批判が寄せられた。著者は、樹木にも動物にも小さなアリ、蝶とアブラムシも人間と同様の生命があり、生存しており、人間を同じように感情を持った生き物として描くことが、科学的記号による表現にもまして重要であると語る。一味違った森林と生態系をよく熟知した人である。

生態系は1つのネジでも欠けては動かない歯車

彼の話は、自然と生態系は、大きな歯車を構成していて、その歯車の一部でも欠けては、歯車がいずれは回転しなくなるとの警鐘を鳴らしている。人類はいま、経済成長の名のもとに、森林を破壊し土地と農地を造成し、原生林を木材生産だけを考えた針葉樹の特定の若い年代の木材利用に代えている。真の生態系・森林とは異なると言っている。

草原も自然ではない。湿地帯や森の湿原を埋めてはその生態系も大きく変動する。

オオカミを根絶し生態系が破壊されたイエローストーン

1926年、米のイエローストーン国立公園は牧場主の要請で、オオカミをすべて殺してしまった。オオカミがいなくなり、放牧牛の被害削減の目的が達成されたが、予想外の被害をもたらすことになった。エルク（ヘラジカ）の捕食者がいなくなり、繁殖した。すると、公園内の雑草、ブナ、カシの若い木々や樹木を食べ、川のそばの草と樹木が無くなってしまった。そして、植物を食べていた鳥や昆虫、そして枯れた枝と倒木を材料として自然のダムを造っていたビーバーの個体数も減少した。生態系の激変と崩壊であった。

イエローストーン国立公園では、生態系の管理の失敗に気づいて、50年後にカナダからオオカミを再度持ち込んだ。そして森の生態系はまた快復した。

日本では森林と湿地帯の破壊

有川のクジラのあごの骨の鳥居の海童神社、ウミネコが集った八戸の蕪島も前面の海が埋め立てられて陸続きとなった。気仙沼漁港の五十鈴神社も後背地が無くなって霊験のあらたかさが失われた。陸前高田市では愛宕神社の森がつぶされ、その土砂で、市内のかさ上げがなされた。神性な場所まで工事で失われた。日本はどこに行くのか。自然と生態系を大切にするべきである。

［参考文献］
Peter Wohlleben著「The Secret Network of Nature: The Delicate Balance of All Living Things」
（Boldy Head）2018英語版
Judediah Purdy著「After Nature」（Harvard）2015