太平洋を取り巻く国々と私
第6回 シドニー・オペラハウス
客員主席研究員 小松正之
2014年11月20日
難航したオペラハウス(写真)の建設
オペラハウスは1956年の国際入札で、デンマーク人の建築家ヨーン・ウッツン(当時38歳)の奇抜な貝殻をイメージした建築物が落札した。第一次選考では彼の作品は選考から漏れていたが、その奇抜性と卓越性で、最終選考に引上げされ選ばれた。建設は第1期の土台(1958〜61年)と第2期の貝殻屋根(1962〜67年)の建設と第3期のガラスの壁と内装(1967〜73年)に充てられ、都合16年を要し、予定より6年長くかかった。費用は10倍に達した。第3期の工事はウッツンが監督することはなく、別の人物が担当した。開所式には、英連邦の元首エリザベス女王が出席された。ポートジャクソン湾(シドニー湾)に突き出たべネロング・ポイントに位置しオペラハウスの面積は1.8ヘクタールで総面積は4.5ヘクタールで、コンサート・ホール(収容人数2679席)、オペラ劇場であるジョン・サザンランド劇場(1507席)、ドラマシアター(544席)などのほか4つのレストランと6つのバーがある。私も観劇の休憩にはよくバーでスパークリング・ウォーターを注文する。建物の高さ183メートル、幅は120メートルである。地下のように見える1階からも階段を昇った地上階からも入場が可能である。
オペラ鑑賞の再開
私が宿泊した旧全日空ホテル、現在マンダリン・ホテルはシドニー湾のとても美しい景色を一望にでき、歩いてオペラハウスに行ける。
オペラハウスとハーバーブリッジの両方が見える最高の見晴らしが良い部屋は高いので、私はオペラハウスだけが見える部屋だ。
私のオペラ鑑賞歴は、イタリアローマ滞在時に遡る。カラカラ浴場でのアイーダとローマ・オペラ座にトスカを見た1988年が最初だ。後者はルチアノ・パバロッティが主演の歌劇だった。。最近オペラ鑑賞に行き出したきっかけが、オペラハウスである。前日に、オペラハウスで、切符を買い求める。オーケストラの演奏会やミューカルとオペラなど会場が複数あるので、何かをやっている。
私の鑑賞作品
2012年1月に鑑賞したのはウエスト・サイド・ストーリーの映画にシドニーフィルハーモニー交響楽団が合わせた形式の演奏だった。マリア役のナタリー・ウッドが若く美しい。レナード・バーンスタイン作曲の「トゥナイト」や「マリア」の旋律が未だに耳に残る。シェークスピアの「ロミオとジュリエット」を原作とする。レオナルド・デエカップリオとクレア・デーンズ主演の現代版「ロミオとジュリエット」は私の嗜好には合わない。モーツワルト「魔笛」鑑賞したのもこの時でエジプト神話が原点だ。市内で「ラブ・ネバー・ダイズ(愛は死なず)」という「オペラ座の怪人」の続編を見た。本編はニューヨークのMajestic 劇場で見た、眠っていた。家内はしっかり見ていた。
シドニーフィルハーモニー交響楽団と日本
本年6月に同交響楽団のガイ・ノーベル氏が、軽妙な説明と指揮の下で、有名な作曲家の交響楽、オペラやソナタなど曲を2時間聞いた。リチャード・ストラウスがニーチェの物語に作曲した「ズラツストラかく語りき」の20世紀の戦争の時代を暗示する曲から入り、ブラームスの「ハンガリー舞踏曲第五番」そしてノルウェーの作曲家グリークの「ペールギュント集から朝」を、ロッシーニ「セベリア」の床屋、ベルディー「椿姫」、ベートーヴェン「交響曲第五番」とチャイコフスキー「白鳥の湖」を聞いた。指揮者ノーブル氏は判り易い英語で曲毎に説明を加えた。「ノルウェーのしずかな雪深いところの偉大な作曲家が天才的な曲を作った」と。
有意義で教養に浸った一時だった。日本も手軽にオペラやクラッシクと邦歌が鑑賞できる場所と環境が若者の教育と教養の育成のために必要であるとつくづく思う。